おうちしみじみ

ご無沙汰しておりました。すみません。

『紫陽』はもう印刷屋に出しまして、20日に製本作業の予定にしています。c0094173_22302386.jpg
今月中にお届けできると思います。
今回もボリュームがありますが、落ち着いた感じの作品が多く、秋の夜にぴったりなはずです。

私のほうは最近、夏の鬱の反動でハイです。
でも、短編小説を読んだり、バッハを聴いたり、詩作をしたりしています。
右の写真は『しみじみ読むイギリス・アイルランド文学』(阿部公彦編、松柏社)という短編集なのですが、読みやすくて、それでいて味わいの残る、芯のある作品ばかりです。
ちなみにどのような作品か挙げてみますと
 ベイル・ベインブリッジ/阿部公彦訳「誰かに話した方がいい」(思春期しみじみ)
 エドナ・オブライエン/遠藤不比人訳「敷物」(母親の苦労しみじみ)
 モイ・マクローリー/片山亜紀訳「奇妙な召命」(神のお召ししみじみ)
 シェイマス・ヒーニー/岩田美喜訳「清算」(母と息子しみじみ)
 カズオ・イシグロ/田尻芳樹訳「ある家族の夕餉」(ニッポンしみじみ)
 イーヴァン・ボーランド/田村斉敏訳「呼ばれて/小包/郊外に住む女-さらなる点描」(母親しみじみ)
 ロン・バトリン/遠藤不比人訳「ドイツから来た子」(転校生しみじみ)
 グレアム・スウィフト/片山亜紀訳「トンネル」(駆け落ちしみじみ)
 アンドリュー・モーション/田村斉敏訳「屋根裏部屋で」(母親しみじみ)
 アリ・スミス/岩田美喜訳「五月」(恋情しみじみ)
 フランク・オコーナー/阿部公彦訳「はじめての懺悔」(告白しみじみ)
 ヒューゴー・ハミルトン/田尻芳樹訳「ホームシック産業」(アイルランドしみじみ)

印象に残った作品は、モイ・マクローリー「奇妙な召命」、シェイマス・ヒーニー「清算」、アリ・スミス「五月」でした。「奇妙な召命」はカトリックへの批判をユーモアたっぷりに、ヒーニーの「清算」はアイルランドの歴史の複雑さを自らのこととして、「五月」は樹と女二人の奇妙な三角関係を軽快に描いています。

訳がとても良くて、解説も詳しいので、お薦めします。
アマゾンで古書なら500円ぐらいで入手可能です。

今日嬉しかったのは、ナタリー・シュトゥッツマン(声楽家)の歌う『永遠の愛~ブラームス歌曲集』を購入できたこと。
しばらく品切れが続いていたので、ずっとこの日を待っていましたemoticon-0157-sun.gif
ナタリーの歌声はどんな楽器にも優ります。
このCDは天国でも聴きたい一枚。
一日だけ他人になるなら、ナタリーになって歌いまくりたいですemoticon-0159-music.gif
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# by Fujii-Warabi | 2009-09-15 22:45 | 芸術鑑賞

なんとなく、つづき。

頭が夏休み。
年中休日みたいなものだが、緩みすぎている。
ここに文字を書いていても、人の部屋で取りあえず留守番している感じ。
その留守番台帳でもつけておこうか、という気になった。

★最近読んだ小説……谷崎潤一郎『鍵』、これはカタカナを読む練習になった。
夫婦の交換日記的な仕立て。夫婦の妙な関係がおかしく、盗み見みしているような気分だったが、
徐々に怖さが増してゆく。谷崎は変わった小説を創るなぁと脱帽。
★最近読んだ小説……『シルヴィア・プラス詩集』
吉原幸子訳なのだが、訳が良くて読みやすい。
7年ぐらい前に読んだのだが、薬で頭が壊れてしまったので、あまり内容を覚えていない。
ポジティブに考えれば、いい詩集にまた出会えたということ。
イメージによって世界を創っているので、作品そのものが比喩のような感じ。
シンボルを多用していて、全体を通すと捉えることができる。
非常に参考になる。とても重い感じがまたいい。
★最近観た映画……ペドロ・アルモドバル監督『バッド・エデューケーション』
スペイン映画らしく、色彩が鮮やかで、気に入った色のあるシーンは何度も観た。
エンリケの仕事場・服、イグナシオの屋根裏部屋、スペインのファサード、どれも美しかった。
内容はどろどろしているはずなのに、視覚を存分に楽しませてくれた。
俳優はどなたも一流。俳優の演技を観る楽しみも思い出した。
監督は、流行から外れる眩い色彩、男色といった「変態」を描くことで、
味気ない、のっぺりした現代を覆そうとしているような感じを受けた。
『母をたずねて三千里 1~4話』
アルゼンチンに関心があることもあり、どういう旅をするのかを観たくてDVDで借りてみた。
マルコのお父さんが貧困者のための病院を作り、借金を負ってしまっていて、
当時仕事のないイタリアからお母さんが仕事を求めアルゼンチンへと単身渡ってゆく。
そのうち音信が無くなってしまい、マルコが母親を捜しにアルゼンチンへと向かう、という話。
「マルコ以外の人は西洋人らしい彫りのある顔立ちなのに、なんでマルコはぺっちゃんこで丸いのか?」
という謎はまだ解けない。
丸顔だから、「マルコ」と思っていた子どもたち(当時)もきっと多いことだろう。
何十話もあるので、ぼちぼち観てゆきたい。

書き出せば長い。
いつもの悪いクセだ。
ここらへんで、またお休みに戻ります。
では。
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# by Fujii-Warabi | 2009-08-18 23:53 | 身辺雑記

なんとなく。

長い間ごぶさたしてしまいました。
すみません。
春からしばらく体調が良くて、調子に乗っていたら、7月下旬ガクッとテンションが下がり、寝込んだりして
言葉も出てこなくなりました。今はまずまずのテンション、
ですが、夏場は暑さで疲れやすくて、冷房をつけると自律神経が乱れるし、なぜか眠りも浅くなるし、
とけっこう苦手な季節です。
でも、9月下旬になれば少し持ち直すと思います。

あ~、この画面の上の「日本を守る、責任力。自民党」という黄色に黒字の文字が鬱陶しいですemoticon-0130-devil.gifemoticon-0132-envy.gif
あんたたちに守ってほしくないです。
あんたたちが守りたい日本国家なんて滅んでほしいです。

あ、下へスクロールしたら、見えなくなりました。
といっても、この記事を読んでいる皆さんはわからないと思いますが。
このブログでい言えば金魚の泳いでいる部分に見えていたのです。

こんなことを書きたいわけではなくて、
なんとなく、近況報告をしようと思ったまでです。

つばめのヒナは10日ほど前でしょうか、飛ぶ練習を始めて、可愛い姿を見せてくれるようになりました。
コシアカツバメはツボ型の巣のため、それまでは見られなかったのです。
この近辺は背に朱色のラインが入ったコシアカツバメが多く、
ここに来て初めてこのツバメを見ました。
同じツバメなのかどうかは定かではありませんが、毎年軒下の巣に戻ってきて、子育てをしてくれます。
しかし、今年の子たちはお行儀が悪いemoticon-0107-sweating.gif
フンをあちこち飛ばしまくりです。
こんなのは初めてだな。
面白がって、兄弟姉妹でフン飛ばしで遊んでいるのかもしれません。
そう思うと可愛いですけど、、、
新聞紙を敷いているところにしてくれないと、掃除が面倒。

最近、心身がダウン気味でしたので、
うちで映画を観たり、詩・小説をなんとなく読んだり、してたので、
また改めて書きたいと思います。
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# by Fujii-Warabi | 2009-08-15 00:23 | 身辺雑記

『紫陽』19号締め切り間近

『紫陽』19号の原稿締切日は8月10日です。
購入冊数、(あれば)コメントと合わせてメール投稿してください。
入金もよろしくお願いします。


**************

私は最近、疲れのせいか自律神経の調子が悪く、バテています。
蒸し暑いこの時期はどなたもしんどいと思いますので、
どうぞご自愛ください。
世界中の誰もが猫みたいに寝たいときにゴロゴロできる日を夢みています。
ひるまですが、おやすみなさいemoticon-0159-music.gif
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# by Fujii-Warabi | 2009-07-27 15:42 | 紫陽の会

TOKYOポエケットに参加して

12日にポエケットのため東京に行ってまいりました。
行きは新幹線、帰りは次の日の昼バスでした。私にしては長旅でさすがに疲れました。
でも、ここまで体力が回復したことをただただ感謝したいと思います。

c0094173_23144992.jpgポエケットはひたすら楽しかったです。
久々にお会いできた方たちと立ち話したり、
詩やブログを通じてしか知らなかった方、メールや手紙でしかやり取りのなかった方たちと初めて顔を合わせ、今までの印象とのギャップなどもおもしろかったです。
ポエケットのゴタゴタ感も私をハイにさせました。
お酒を飲んでなくても、詩人・詩誌の集まるこの雰囲気に十分酔っぱらってしまいました。
頭が回らなくて無礼なこともしてしまったと思います。すみません。

二次会では、かなりお酒を飲みました。
関西の詩人の方々、私の詩集を持ってくださっている若い詩人さん、イダヅカさん、イェイツを読む夕べで朗読された詩人さん、私はさすがに疲れて最初の場所から動かなかったのですが、様々な方と交流できて楽しかったです。
こういう場ではなぜか私はあまり酔わないらしく、
三次会まで行って、さらに焼酎水割りを何倍も飲みました。
それがまたおいしくて、酎ハイしかダメだと思っていたので、驚きでした。
三次会の会場は、森川雅美氏が連れて行ってくださったあのゴールデン街で、すごい味のあるバーでした。
缶詰が積んであったのが印象的でした。もちろん缶詰そのままつまみとして出すそうで……。

長い一日でした。でも、胸いっぱいのエネルギーをいただきました。
私は詩人の方々が本当に好きです。
今も詩集や詩誌を読んだり、ポエケットについて書かれているブログを拝見して、ひたひたと余韻に浸っています。
主催者の方々、素晴らしいイベントをどうもありがとうございました。

おまけ) 帰りに見た浜名湖が美しかったです。
c0094173_23414234.jpg

何か書き忘れているような気がするので、
また後日加筆します。
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# by Fujii-Warabi | 2009-07-16 23:44 | イベント

第13回TOKYOポエケット

『紫陽』は第13回TOKYOポエケットin江戸博に今年も出展します。
7月12日(日)13:30~19:30、
場所は江戸東京博物館1階会議室
(JR総武線両国駅西口から徒歩3分、地下鉄大江戸線両国駅から徒歩3分)
入場無料。
詳細は http://www.poeket.com/index.html


私は体調はまずまずですが、
年に一度しかない貴重な機会なので、参加を予定しています。
東京なんて13年ぶりです…。
今や都会が苦手なので、不安ですが、頑張りたいと思います。

なので、あちらでお会いできる関東の皆さん、よろしくお願い致します。
それから、『紫陽』参加者のあちらの方もどうぞぶらりとお越しくださいね。
交流会がその後ありますので、たくさんお話できれば嬉しいです。
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# by Fujii-Warabi | 2009-07-08 15:55 | イベント

壁紙変更

こんな真夜中でも31℃!

仕方がないので、重苦しい夜桜の壁紙はやめて、

金魚で涼もうということに…。

(暑いので、この記事も余白を多めにemoticon-0168-drink.gif

 どなたかこの余白に涼風でも送ってくださいな。)
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# by Fujii-Warabi | 2009-07-08 00:35 | 身辺雑記

『紫陽』に関すること

ずっと書こう書こうと思いつつ、疲労に負けて先延ばしにしていた『紫陽』に関する話題をふたつ書きたいと思います。

寮美千子さんがご自身の日記「時の破片」で『紫陽』を取り上げてくださっています。
http://ryomichico.net/diary/2009/06/index.html#d000646
「『紫陽』という反骨の詩誌」というタイトルです。
『紫陽』の編集人は確かに熱苦しいぐらい熱いです。
寮さんの「すべてが終わってしまったようにしらけた21世紀初頭に、こんな詩誌を出す人がいるなんて!」という驚きが私には新鮮でした。
だんだんこれが私の日常になってきてしまったようで……、この熱を感染させていこうと思います。
寮さんのこの記事、とてもよかったので、皆さんご覧ください。


さて、『現代詩手帖』2009.7月号、渡辺玄英氏による「詩誌月評」に私の詩評が掲載されていました。ありがたいことです。
 (以下、引用)

藤井わらびさんの「名前を呼ぶ~ガザへ~」(「紫陽」18号、紫陽の会発行)は、わたしたちが世界と取り結ぶ関係を「名前を呼ぶ」ことに仮託して、その困難に向き合おうとしている。作品は「わたしの名前」をわたしは「見失ってしまった」ところから始まり、事物事象を再び名づけていく過程を経て、次のように終わる。

ひとつひとつ
呼ばなければ消えてゆく
この世界から
残虐も 地図も あのひのあの子も
廃墟とされて埋もれてゆく
白すぎる壁の中に

わたしはあらゆる生活の名前を呼ぶ
戻ってこないかもしれないけれど
わたしの名前をひとつずつつけ直してゆくために

見知らぬあなたに向けて 名前を呼ぶ ために

 名前が失われると、関係は失われる。名前が無くなれば、それはのっぺりとした世界のなかに溶け込んでしまい、〈それ〉と言われることさえ無くなるかもしれない。つまり、存在を尊重するにはきちんと名を呼ぶ(呼ばれる)ことから始めることしかないのだ。この作品の題名に「ガザ」と一つの固有名詞が入ることで、作品は蹂躙される特定の場に関係を持つ。理想を声高に叫ばず、かといって情緒に流されもせず、「戻ってこないかもしれないけれど」と言いつつ「名前を呼ぶ」姿が真摯に迫ってくる。
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# by Fujii-Warabi | 2009-07-02 17:38 | 紫陽の会

ウィンブルドンテニス、「あそびとまなびのバァ~」などなど。

梅雨のためなのか、急激な暑さのためなのか、調子があまり良くない。
それでも真夜中にウィンブルドンテニスを観てしまう。衛星放送とか高級なものはうちでは観られないので、一年に一度のこの時期は逃したくないのだ。
テニス観戦も好きだけど、サッカーも好きだ。見所はたぶん少し人と違うと思う。私にとって、スポーツは身体による表現みたいなもので、ルールとかはあまりよくわからないし、そんなに関心がない。
ダンスや演劇もいいけれど、スポーツでは作りものでない表情や自然な動きを観られるのが楽しい。だから、情熱を解放しているようなプレーヤーが好きだし、強くなくてもその人にしかないような個性のあるプレーヤーに注目してしまう。
今回のウィンブルドンはラファエル・ナダルが欠場して本当に残念で仕方がない。昨年は、フェデラーとの決勝戦で歴史に残るような素晴らしいプレーを見せてくれた。膝の故障、気力の快復を願うばかりである。

最近、不調のためブログのペースが落ちているので、ざっと身辺雑記を書こうと思います。

京都造形芸術大学の学生たちが運営する京都河原町三条のアートゾーンで、7/5までワークショップイベントが開催されていて、私は10日前に行ってきました。「ワンピース・トレード」という自分の持ち物とあちらの葉書を交換して、自分の持ち物に関するエピソードを書いてボードに貼るというワークショップでした。c0094173_0112441.jpg

でも、時間もあったので、古くなったサッカーボールで小銭入れも
作らせていただきました。                ⇒

サッカーボールでこういうことができるというアイデアがいいですね。
久々に金槌などの道具を使って、手が喜んでいました。




c0094173_0101218.jpg
その日は障害者の芸術作品(エイブルアート)が売られていたので、葉書を二枚買いました。その一枚、Tsuyoshi Hayafujiさん「赤いヤドカリ」は詩が浮かんできたので、画家さんに失礼かな、とか思いながらうちで詩を書き込んでみました。
詩的で素敵な絵ですよね。


(詩の部分)
ほら、太陽ヤドカリの背に お空がうっかり
「こんばんは。」
 月は芯が抜け、あなたに真が打ち込まれている。
 もう借りものではない移動式宇宙。


アートゾーンでの「あそびとまなびのバァ~」詳細はこちら↓
http://www.artzone.jp/blog/


(とりあえずここで休憩。いつかまた、おそらく、つづく)
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# by Fujii-Warabi | 2009-07-01 00:17 | 身辺雑記

お知らせ

「リンク集」や「プロフィール」を少しずつ追記しておりますので、
たまにご覧いただけると幸いです。
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# by Fujii-Warabi | 2009-06-22 10:02 | 身辺雑記

キェシロフスキ監督特集上映「キェシロフスキ・プリズム」!

こんばんは。
蒸し暑い夜ですね。うちの中は30度を少し越えています。
この時期から暑いのでは真夏が思いやられますね。
せめて今、活発に動いて、夏にのんびりしたいものです。

来月11日から大阪のシネ・ヌーヴォで、我が愛するキェシロフスキ監督の特集上映「キェシロフスキ・プリズム」が始まります。
DVDになっていないものも多数上映されますので、これは見逃せません!
詳細は⇒ http://www.cinenouveau.com/cinemalib2009/kieslowski/kieslowski.html
その前に東京のユーロスペースにて昨日から始まっているようで、関東の映画好きな方には是非お薦めしたいと思います。
詳細は⇒ http://www.eurospace.co.jp/detail.html?no=205

ちなみに私は7年ぐらいまえに梅田で『終わりなし』を観ました。平日昼間なのに、すごい熱気でほぼ満席でした。なので、今回も少し早めに行こうと思っています。
ビデオ・DVDで『デカローグ』シリーズ、『ふたりのベロニカ』『アマチュア』『トリコロール』『偶然』『傷跡』は観たので、他の作品を観るつもりです。そうなるとまず『スティル・アライヴ』でしょうか。
『殺人に関する短いフィルム』『愛に関する短いフィルム』はTV放映用の『デカローグ』シリーズの5話と6話を劇場用に仕立てたものです。
フランスでは当時『デカローグ』シリーズ全話が劇場公開されたそうですが…。
とにかく楽しみですemoticon-0152-heart.gif

参考までに、キェシロフスキのことを書いた昔の記事をよろしければどうぞ。
http://warabipoem.exblog.jp/10300577
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# by Fujii-Warabi | 2009-06-21 23:36 | イベント

『紫陽』18号読者会の感想

暑くなってきました。
最近、うちの前のコシアカツバメの巣をめぐって争いがあるようで、鳴き声が響いています。この前まで間借りしていたスズメが南からやってきたツバメに怒っているのだと思います。先日卵が巣の下に落とされ割れていました。それでもヒナの声が聞こえるので、幾羽かは孵ったのでしょう。安心しました。

さて、この前の日曜に開かれた『紫陽』18号の読者会も盛況でした。参加者は14名。取り上げた作品は詩8篇+詩論1つでした。
毎回有意義なのですが、今回も他者の詩に耳を傾け、みんなのものとしてゆくということがうまく行われたと思います。それは参加者ひとり一人が積極的に詩に向き合い、自分のものとして引き受けた上で、言葉を投げかけてくださったからでしょう。創作、また読むことへの皆さんの情熱・愛を感じられる時でもあります
いつもこの集いの終わった後、不思議な気分になります。あの空間・場所が日常とかけ離れている分、その雰囲気が胸にじわっと残るのです。そして、それは『紫陽』を続けたいという強い動機になってゆきます。

私がくどくどと書くよりも、参加者の方々がブログやmixiに書いてくださった文章を読むほうがその雰囲気などがわかりやすいかと思いますので、ここで簡単にご紹介させていただきます。

★ブログ
河津聖恵さん「詩のテラス」 http://maruta.be/terrace_of_poem/210
亜子米さん「こちらは亜子米です。」http://geocities.yahoo.co.jp/gl/akobeyjp/comment/20090614/1244994574#comment
★mixi
鰻亭すりんさんの日記 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1196762866&owner_id=77430
tamacoさんの日記 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1197905032&owner_id=1042597

その他にも書かれている方がおられましたら、コメント欄にご記入いただければ幸いです。

その後の交流会は寮さん宅でお世話になりました。美味しいお料理や細やかなお気遣い、ホスピタリティは本当に有り難く思いました。しっかり場づくりせねば、という反省を迫られた出来事もありましたが、それ以外は詩的で素晴らしいものでした。この時代にこのような所はとても貴重です。

そういえば、paceさんが購入していた寮美千子さん作詞のCD『あおによし まんとくん』についてブログに書いてくれていましたね。
http://blog.goo.ne.jp/pace-e-asia/e/b9be71cf6728d803cc00f4c10ac0bab0
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# by Fujii-Warabi | 2009-06-19 11:53 | 紫陽の会

短歌同人誌『町』を読んで

先週の「ならまち大人の文化祭」で吉岡太朗氏の参加する短歌同人誌『町』創刊号を入手したのですが、これがかなり良くてここで少しご紹介させていただこうと思います。

まず、巻頭を飾る瀬戸夏子さんの詩のような短歌「すべてが可能なわたしの家で」。
 すべてが可能なわたしたちの家で これが標準のサイズ
 二重の裏切り、他になにもない朝の音楽に
 もう何リットルかわからないけれど、生きてるかぎりは優しくするから
 あなたが日本人だとしてもわたしたちにはまるで関係がないって

二連目
 わたしたちが住んでいる 家ではこれが標準のサイズ

とてもインパクトの強い始まりである。
タイトルは「わたしの」となっているところが、歌では「わたしたちの」「わたしたちが」となっており、共同体を指している。「これが標準」と決められ、私たちは教育によって叩き込まれてきたのだが、瀬戸氏の〈狂気〉とも名付けられそうなほどの豊饒なイメージによって、それらが覆されてゆく様が心地よく感じられる。

 
 どうしてこんなに 美しい日本のわたしたちの
 必要最低限なエロほんに関わるために電車がいくたびも憂鬱に、通り抜け
 子どものころからずっと一緒、おしりがいくつも隣に並んで
 青森に厚かましいりんごが生きていて友人が生きている注意を払わない


「あなた」のアイデンティティは「日本人」かもしれないけれど、「わたしたち」はどうやらそこからズレたところ、あるいはこぼれたところにいるようで、それもはっきりとはしない。現在の「共同体」の曖昧さを描いているようだ。しかし、もともと共同体というのは境界があったり目に見えるものではない。「わたしたち」というのは書き手と読み手、つまり文学によって繋がった者たちであろうか。一方的に括られ線引き・排除される「美しい日本」「日本人」から逸脱して、ここに「共同体」を創造したいという願いを込めているのであろうか。
本来人は「すべてが可能」なはずである。しかし、二極分化したこの時代私たちは、世界を牛耳る〈多数者〉に「標準」「常識」を押しつけられ、「不可能」を言い渡されている。しかも、「あなたの努力次第だ」という自己責任を負わされて、「落伍者」は〈少数者〉とされて。だが、文学者・芸術家はそれを超えることができる。だから、この作品はシュルレアリスティック(超現実的)なのだろう。
一連二行目の「二重の裏切り」という言葉がとても気になった。一つ目の裏切りは、「現実」への裏切りだろう。二つ目は、おそらく読み手の読解への裏切りなのではないか。「こうである」と解釈した途端、ポエジーというのはするりと逃げてしまう。線引きするような意味を求られ、形へとはめられることをきらうからだ。

この他にとても素敵なヴィジョンやフレーズがたくさんあり、ご紹介したいのですが、書きすぎると野暮ですし、疲れてきたので、実際に誌面を見て感じていただきたいと思います。

そして、吉岡太朗氏の「魚くじ」。

 ロケットを猫がしきりに舐めるので少し削って出汁にしてみた
 霧雨の夜の電話にでてみたら受話器が耳に触手をのばす
 町中の電信柱がぐにゃぐにゃとお辞儀をするのでえらいひとです
 取り皿を両手に持った行列のさわれる耳たぶいやな耳たぶ
 そのたびに泥がこぼれる 図書館の本の着ぐるみ剥いだら魚
 かろうじて鯉だとわかる きらきらと鱗のかわりに画鋲まみれの


冷ややかな固形物と生々しい有機物のコントラストが見事で、それが触感に訴える爆発的な力を放っているように思う。
「魚」は西洋の象徴では「生命力」を表すが、「魚くじ」には、穏やかな春の海を照らす陽光に魚の鱗が輝くような、生の力(エロス)が漂っている。かなりシュールなのに、現実味を帯びて生き生きと胸に広がる身体性が彼の作品の優れたところであろう。

その他には平岡直子氏の「Re:/Fe:」が良かった。宮沢賢治・他の同人への返歌なのだろうが(「本歌取りの複数」と書かれているが)、多声的で「ともにある文学」としての心地よさがあった。そして、実験的・創造的な試みにわくわくしながら読ませていただいた。もちろん、イメージが目の裏に浮かぶように鮮やかで作品自体が素晴らしかったのは言うまでもないことである。

『町』を手にしたとき、まずシンプルな雑誌名、緑一色の表紙に惹かれた。なにか素直なものを感じたからだ。
内容はシンプルではなく、作品はそれぞれ個性があり、様々な声を響かせあうような共同性がある。時代や空間の広がりがあり、世界へと開くような、呼び掛けがある。落ち着いた雰囲気なのだが、その内に秘めたエネルギーはこの時代のシニシズムを超えてゆくようなものを感じた。「すべてが可能」だということをしっかり胸に刻もうと思う。


なにやらエラそうなことを書きましたが、私は短歌はあまり読み慣れていないので、感想程度とお考えいただければと思います。
『町』の詳細は http://000machi000.blog42.fc2.com/
こちらから購入することもできます。一部500円です。
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吉岡太朗氏の直筆。私の一番好きな歌を表紙裏に書いていただきました→
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# by Fujii-Warabi | 2009-06-13 11:34 | 詩人・芸術家の紹介

グループ展「飛鳥から奈良へ」

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父・ふじい忠一から久しぶりに便りが届きました。
「飛鳥から奈良へ~国際彫刻展序章~」の案内で、6月14日(日)から28日(日)まで明日香村の岡本寺で開催されるそうです。
入場無料、11:00~18:00(最終日16:00)、
21日(日)には「言霊と形象」というテーマで詩人・佐々木幹郎氏と阪大学長・鷲田清一氏の対談もあります。
詳細は、http://narasculpture.web.fc2.com/
問い合わせ先は 事務局(西田画廊内) 0742-35-2455 まで。
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# by Fujii-Warabi | 2009-06-12 15:53 | イベント

「ならまち大人の文化祭」に参加して

最近出かけることがけっこう多くそわそわしており、気分の切り替えのできない私はブログはお休みになってしまっていました。
イベントはどれも良くて、何から書こうか迷いますが、
とりあえず最近のところからぼちぼち書いてゆこうと思います。

6月6日には奈良の大乗院庭園で「ならまち大人の文化祭」が開催され、作家・寮美千子さんの新作童話『夢見る水の王国』の朗読や奈良少年刑務所の教官のお話を聴いたり、詩の朗読、亜子米さんによる連詩のワークショップに参加しました。
朗読は私はいいきき手ではないのですが、場所が非常に良く、また快晴で、お庭に気を取られながらのほほんと聞かせていただきました。
私は『紫陽』18号の「名前を呼ぶ」を取りあえず朗読。
相変わらずたどたどしい朗読で恥ずかしかったです。

連詩のワークショップですが、これは新たな発見がありました。
みんなで一作を創るわけではなくて、すべての人に紙が渡され、最後には人数分の詩が出来上がるというものでした。
最初はこんなに書けるかな、と不安でしたが、そのうちにテンションが上がり(すぎ?)、悪ノリしてしまいました。
私は連詩でも、長々と書くのが苦手で、一行二行でスパッとすませてしまう短距離走者のようでした。
終わってからその紙の書き始めの人が読むのですが、ユニークな詩が多く、みんなで創った達成感のようなものが体いっぱいに広がりました。
ひとりで創った詩では私はおなかいっぱいにはなりませんが、みんなで創った詩はおなかまで膨れるような感覚が味わえるのですね。幸せでした。
(そういいつつ差し入れの煎餅をぼりぼり囓っていましたが……。emoticon-0111-blush.gif

こういう場を創ってくださった、作家の寮美千子さん、おつれ合いの松永さんに感謝でいっぱいです!

追記 亜子米さんのブログで連詩のワークショップに関する模様が書かれています。
http://geocities.yahoo.co.jp/gl/akobeyjp/comment/20090614/1244990164#comment
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# by Fujii-Warabi | 2009-06-10 01:34

『紫陽』18号の反響

日中は暑いぐらいの季節になってきましたね。
『紫陽』18号はお手元に届いておりますでしょうか?
こちらへはぼちぼちと反響・感想などが返ってきており、楽しく読ませていただいています。
『紫陽』や作品をHP・ブログで取り上げてくださる方もおられて、
私が知る限りですが、ここで簡単に紹介したいと思います。

★T.A.さん「fragments」……藤井わらび「十三月」、松本タタ「月を」の批評を書いてくださっています。http://yaplog.jp/fragments0408/daily/200905/25/
★河津聖恵さん「詩のテラス」……藤井わらび「名前を呼ぶ」の詩と批評が掲載されていますが、詩と深く向き合っていただいて感激しました。http://maruta.be/terrace_of_poem/197
★野樹かづみさん「雲ゆく空の」……宇野善幸「あらゆるところに〈路地〉が-野樹かずみ・河津聖恵『christmas mountain わたしたちの路地』を読む-」への感想を綴られています。http://sorayuku.spaces.live.com/blog/cns!7AC408F9454103FF!1334.entry

他にもありましたら、ご報告ください。あるいはコメント欄に自由にご記入ください。
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# by Fujii-Warabi | 2009-05-29 16:34 | 紫陽の会

テレビなしならインフルエンザは怖くない。

最近テレビが映らなくなった。
18年前に相棒が大学に入学する時に今は亡き父親に買ってもらった代物で、
これまでも何度も修理してきたアナログテレビだが、いよいよ寿命か……
と思いつつも、なかなか諦めきれない。
コインを入れても動かない自販機をぼんぼんと叩くとジュースが出てきた経験が子どもの頃ある。
なので
テレビをぼんぼんと二度叩いてみた
ら、映った!
漫画のような昨夜の一コマ。

でも今夜つけるとやっぱり映らない
ので、もっと叩いてみた
が、無駄だった。
やっぱり観念して修理屋を呼ぶとしよう。
(もちろんデジタルテレビは意地でも買わない。)
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# by Fujii-Warabi | 2009-05-23 01:36 | 身辺雑記

展覧会に、シェリーに。

『紫陽』の発送作業も終わり、心地よく一息……
のはずが、熱が出てしまって、うちでだらだらしている。
自律神経の乱れから出る熱はなかなかひかなくて悩みの種。

でも、週末「After School・放課後の展覧会」というグループ展、
そして相棒の友人の笹倉洋平ライブ・ペインティングに行く予定なので、
これまでに体調を整えねばならない。
彼のライブ・ペインティングはかなりの評判なので、
お暇な方は観に行きましょう。

最近、やっぱり英詩・アイルランド詩だ、と思い、
年初にワイルドの訳をしてみたのをきっかけに興味の向く物から読んでみている。
とはいえ、読むのが非常に遅い。
さらに凝り出したら、取り憑かれたようにずっと一つの言葉の訳を考えてしまったりして…。
今は、パーシー・ビッシュ・シェリー『鎖を解かれたプロメテウス』(1820年頃の作品)の原詩。
彼は若い頃よりウィリアム・ゴドウィンなどのアナーキズムに傾倒し、
どこまでも自由を求め、愛によって世界を変えようとした詩人で、
この「プロメテウス」もそれを詩によって豊かに説いたもの。
個人の内面からの革命というところに私は共感するし、
詩にはそういう力があると信じて私は詩作している。
「ロマン派」と一括りにされ、甘ったるいようなイメージが流布しているが、
このプロメテウスは絶対神ゼウスに挑むという激しい物語りでもあり、
かなり気分が高揚する。
そう、「絶対的な権威」など存在しないのだ。
この作品は人類が誇る文学の最高峰といっても過言ではないと思う。
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# by Fujii-Warabi | 2009-05-21 22:20 | 芸術鑑賞

『紫陽』18号!!

『紫陽』18号ができました!
今号も64ページで盛りだくさんです。
女性の参加が多かったからか、一見やわらかな印象ですが、
奥が深く味わい深いと思います。

★詩

河津聖恵  「チンダレ-空と風と星の詩人に」
竹村正人  「よる」
藤井わらび 「十三月」
        「名前を呼ぶ~ガザへ~」
石瀬琳々  「双子の町」
風梨子    「すみれ」
福田理(りー)「エニグマ」
         「白い顔の冬の月」
高野五韻  「パンツが見たい」
鬼原悠翠  「我ら光より来ます。」
北山兵吉  「敏感に」
        「あ~ァ」
笠原美香子 「さぁみんなで無防備運動!」
三刀月ユキ 「花の腕(かいな)」
亰雜物    「二〇〇九年三月の詩人(36)と一九七九年四月の一年生(6)との交歓、
         そしてミロおじさんからの贈り物」
窪ワタル   「サイゼリア」
南原魚人   「セックス・レス・カンパニー」
亜子米    「キノメノ芽吹 (不安定な旋律とともに)」
         「春の惑星 (テンポ・きわめてゆっくりと)」
松本タタ    「月を
畑中暁来雄 「鬱が降る」
小池栄子   「春のモチーフ」
寮美千子   「あおによし」
武中光男   「時代と歴史」

★散文

鈴川夕伽莉 「さようなら村上春樹さん -エルサレム賞を巡り、もろもろ批判する」
宇野善幸   「あらゆるところに〈路地〉が 
          -野樹かずみ・河津聖恵『christmas mountain わたしたちの路地』を読む-」

洛北出版   「『紫陽』のための書体見本、
          あるいは、書かれた文字と支持体(石版、皮革、モニター……)との関係」

〈お詫び〉今回は誤植がありました。ソフトのバグが原因のようですが、本当に申し訳ありません。
慌てて正誤表をつくり、挟ませていただきました。

〈お知らせ〉発送は今週中に行いますので、もうしばらくお待ちください。
そして、毎回楽しい『紫陽』読者会、今回は6月14日(日)13:30~、古書喫茶「ちちろ」にて。
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# by Fujii-Warabi | 2009-05-19 22:30 | 紫陽の会

『びーぐる』による『紫陽』評

『季刊びーぐる~詩の海へ』第3号(澪標、2009.4刊、1000円)、細見和之氏による詩誌時評で、
『紫陽』が取り上げられていました。

『紫陽』第17号巻頭の寮美千子「象のいる渚」は、象、渚、瑪瑙という三つのイメージから、四十数行の詩をゆったりと着実に展開していて印象的。

とのこと。
ちなみに『びーぐる』の今回の特集は、「海外現代詩」でリンダ・マリア・バロス、ウィリアム・クリフ、ミリアム・ヴァン・ヘー、ヴォイスラヴ・カラノヴィッチ、クラウディウ・コマルティン、ウルシュラ・コジォウ、ヴァルター・ヒューゴー・メー、バーナード・オドノヒュー、デニス・オドリスコルらが紹介されています。
なかなか面白そうですよ。
更新されていませんが、HPは http://homepage2.nifty.com/yamadakenji/beagle1.htm
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# by Fujii-Warabi | 2009-05-16 10:31 | 紫陽の会

あしあと帳

最近、ブログを見て下さっている方がけっこう増えてはいるようですが、
記事の内容がこんなのですから、コメントを遠慮されているようで、
もったいないので、以前のブログについていたような「あしあと帳」みたいなものを
ここに作りたいと思います。

お名前(ハンドルネームでもなんでも)とあればなにか一言をコメント欄になんとなくよろしくお願いします。

c0094173_7165638.jpg
                      


                          →この花の名前を
                           教えてください。
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# by Fujii-Warabi | 2009-05-13 05:37 | あしあと帳

落ちる瞬間

   falling moment

金魚すくいの薄い膜から
あなたの指は破れて落ちた

 階段を転げ落ちる時
 何を想うだろう
 ついてゆかない感覚
 それを後に掴むとき

人差し指が金魚鉢にスプラッシュと落ちた
広がる王冠のような波紋
群がる魚たちは
その一瞬という小さな獲物を
あぶくも立てずにつついている

                    (2009.5.13)


出来立てほやほやの詩です。
不眠症が厳しく、この10日ほど一時間半/日しか眠れないので、
漢方薬を飲んでいるのですが、これまた効かなくて、
しようがないので、眠剤を飲みました。
それでも四時間しか眠れないので、しようがないから詩でも書いてみました。
起きた瞬間のイメージです。
こんな感じで気楽に詩を書くというのも、昔はやっていたのですが、
再び戻ってみたい気がしました。
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# by Fujii-Warabi | 2009-05-13 05:31 | 藤井わらびの詩

詩2篇

  小さな画家

絵の具がないから空のパレットから
色を頂戴した
誰にも出せないような光彩を使い
真っ暗な心に星を描いた

「空の星が翳(かす)んでいます。」
それはネオンのせいでしょう
ぼくは泥棒じゃない
あなたたちの方でしょう

校庭の一、二、一、二の掛け声 寒気がした
太陽のヤツ、ニヤリとした
ぼくの体に熱を入れようと
筆で太陽の黄を取り、体じゅうに塗りたくった

「旗の赤が薄くなりました!!」
いえ、太陽は赤くない
太陽はすべてを照らすもの
泥棒はぼくじゃないです


   家と子

父を殺したのは誰?
物陰から小型拳銃で狙い撃った
能面のか細い女
わたしはすぐ彼女を匿った

あんなに優しい人だったのに
膝をついて母は嘆く
まわりでたくさんの子どもたちもぴーぴー泣いている
でも誰も犯人を捜そうとはしない
数日経てばみんな忘れてしまうだろう
そして彼女も家族になるだろう

馬小屋を改造した狭い家
ひしめき合う中、大男が今日消えた
今日はわたしの誕生日
ケーキはないし当分ごはんにも困るだろうけど
わたしは外で拾い食いをするだろう
もう二度とつまようじなど啣(くわ)えない

スマートな手際だったね
彼女の耳元で囁く
わたしなら丸太で何度も何度も殴ったろうに、
やっと彼女はにっこり笑った

いつまでもいい子でいたかったな
でもやっぱりさぁ
母さんが口うるさいようでいて
父さんが二階でどっかり座り込んでいたわけだから

わたしらが心まずしいのは結局……
わたしたち二人は話半ばで寝入ってしまった


※紫陽の会『紫陽』第13号(2007年9月20日)

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最近自分の詩をアップすることを忘れていました。
『紫陽』に載せているから、まぁいいか、という感じで…、
あとは、2年も前のものを古く感じてしまうので。
『むらさきの海』を昨日読み返してみましたが、
他人の作品のように思えました。
どんどん変わってゆく中で、詩集という形で「過去」を振り返ることができるのは
詩集をつくった一つの意味でもあるのでしょうか。
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# by Fujii-Warabi | 2009-05-11 17:34 | 藤井わらびの詩

『ツェルノヴィツ通信』創刊!

昨年末あたりからでしょうか、『紫陽』への投稿量が毎号多いので、
『紫陽』に集う仲間たちに新たな詩誌づくりを提案してみたりしていました。
そんな中で、O柳さんや竹村君が「では」ということで準備が始まり、『ツェルノヴィツ通信』として先日創刊号が発行されました。

手にしてみて、なんだか感動しました。
A4で大丈夫かな、という余計な心配も少々ありましたが、
手作り感もあり、でもセンスがよく、手に取りたいような魅力があります。
久々に他の人が編集した詩誌に、訳詩ではありますが詩が掲載され
大切にされている感じを味わいました。
そしてこのゆるやかさがなにより心地いいですね。
漫画に小説にエッセイに詩にイラスト……、このまぜこぜさが好きです。
「ツェルノヴィツ通信」の名前の由来もなるほど、と思いました。
「“都市”が帰属すべき『国』は変わり、『国』は興亡した。
が、“都市”はあり続けた。
人々は、様々に、住まい続けた。」
“都市”という人の住む最小単位のような、そんな小さくとも人の匂いのするプラトー的な詩誌、私も共感します。

ちなみに私はこのブログに掲載したオスカー・ワイルドの「バラとヘンルーダ-L.Lに-」を手直ししたものを載せました。(それでもまだ直したい所がありました。まだまだ訳詩修行中です。)

それから、編集・製本作業をされた皆さん、本当にお疲れさまでした!
また何かお手伝いできたら…と思います。
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# by Fujii-Warabi | 2009-05-07 09:47 | その他の詩誌

シェイマス・ヒーニーを読んで

最近思い立って
アイルランドの詩神、シェイマス・ヒーニーの詩「秤にかけるWeighing In」(『水準器The Spirit Level』所収)を訳し直し、初めて詩論めいたものを書いてみた。
昨年の文学研究会で発表したのに、そのまんま放ってあったのが気にはかかっていたので。

それで、このブログのことも思いだした。
とかく物忘れが激しいこの数年間。いつも皆さんおつき合いありがとうございます。

文学研究会 http://blogs.yahoo.co.jp/litteralite
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# by Fujii-Warabi | 2009-04-29 00:59 | リンク集

ディラン・トマスの詩「あの快い夜のなかへおとなしく流されてはいけない」

   Do Not Go Gentle Into That Good Night
                          Dylan Thomas


Do not go gentle into that good night,
Old age should burn and rave at close of day;
Rage, rage against the dying of the light.

Though wise men at their end know dark is right,
Because their words have forked no lightning they
Do not go gentle into that good night.

Good men, the last wave by, crying how bright
Their frail deeds might have danced in a green bay,
Rage, rage against the dying of the light.

Wild men who caught and sang the sun in flight,
And learn, too late, they grieved it on its way,
Do not go gentle into that good night.

Grave men, near death, who see with blinding sight
Blind eyes could blaze like meteors and be gay,
Rage, rage against the dying of the light.

And you, my father, there on that sad height,
Curse, bless me now with your fierce tears, I pray.
Do not go gentle into that good night.
Rage, rage against the dying of the light.


 あの快い夜のなかへおとなしく流されてはいけない
                           ディラン・トマス
                           鈴木洋美 訳 

あの快い夜のなかへおとなしく流されてはいけない
老齢は日暮れに 燃えさかり荒れ狂うべきだ
死に絶えゆく光に向かって 憤怒せよ 憤怒せよ

賢人は死に臨んで 闇こそ正当であると知りながら
彼らの言葉が稲妻を 二分することはなかったから 彼らは
あの快い夜のなかへおとなしく流されていきはしない

彼らのはかない行いが緑なす入江で どれほど明るく踊ったかも知れぬと
最後の波ぎわで 叫んでいる善人たちよ
死に絶えゆく光に向かって 憤怒せよ 憤怒せよ

天翔ける太陽をとらえて歌い
その巡る途中の太陽を悲しませただけだと 遅すぎて悟る 気性の荒い人たちよ
あの快い夜のなかへおとなしく流されてはいけない

盲目の目が流星のように燃え立ち明るくあり得たことを
見えなくなりつつある目でみる いまわのきわの まじめな人たちよ
死に絶えゆく光に向かって 憤怒せよ 憤怒せよ

そしてあなた ぼくの父よ その悲しみの絶頂で
どうかいま あなたの激しい涙で ぼくを呪い祝福してください
あの快い夜のなかへおとなしく流されてはいけない
死に絶えゆく光に向かって 憤怒せよ 憤怒せよ


※松浦暢編『映画で英詩入門』(平凡社、2004)より

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先日、おかばぁで隣の席にいた、イギリス人のシェリーさんご夫妻に教えていただいたのが、この詩。
ディラン・トマスの代表作で、病床の父をうたったものだそう。
でも、激しいプロテスト・ポエムでもあります。
イメージが重くて、いいですね。これ以外のものも読んでみたいと思います。

ディラン・トマスを原文で、いくつか読めるサイト
http://www.artofeurope.com/thomas/index.html

ディラン・トマス自身による朗読が聴けるサイト
http://www.youtube.com/watch?v=rHHqA1CJLCs&feature=related
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# by Fujii-Warabi | 2009-04-22 10:53 | 英詩・アイルランド詩・英語詩

『紫陽』17号評

『現代詩手帖』4月号、渡辺玄英氏の詩誌月評に『紫陽』17号より
鈴川夕伽莉さんの「針の風 凪の檻」が取り上げられています。
坂口安吾の「文学のふるさと」に通じるさまざまな問題を考えさせられる作品、
とのことです。
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# by Fujii-Warabi | 2009-04-16 10:06 | 紫陽の会

ポーラ・ミーハン「Reading the Sky 空にうらなう」


Reading the Sky
                            Paula Meehan


We stood in the still pine shadows
with nightshade and yarrow
and read the cyphers the wild geese drew

across the violet sky.
Go south, go south, they insisted,
winter is close behind.

The moon was for a moment
a perfect golden sickle
above the golden lake.

We measured the angles of the stars
revealed by the dwindling light
and gave to them new names

learned from the geese in flight
knowing that one would follow,
one would be left behind.

We glean a common language
to describe our differing fates:
you'll be fugitive forever,

I'll wait at the brink of winter
holding off the dark
that you may escape.


†“The Man who was Marked by Winter” (The Gallery Press, 1991, Ireland)所収。


   空にうらなう
                             ポーラ・ミーハン              
                             藤井わらび訳 

私たちはハシリドコロとノコギリソウの生い茂る
しんとした松の木蔭に立ち
紫の空を横切ってゆく

雁の暗号を読み解いた
――南へ行け、南へ行け
冬が背後に迫っている――

月は今のところ
黄金の湖上に輝く
完璧な黄金の鎌だった

私たちは光が次第に弱まりゆく
星と星との角度を測り
新しい名前をつけた

そして飛行する雁から聞かされた
一人は後を追い
一人は取り残されることを知っていると…

私たちは懸命に共通の言葉を拾い始める
二人の異なる運命を表すために
――あなたは永遠に逃亡者となるだろう

私は冬の崖っぷちで待つだろう
あなたが逃げてゆく
その闇から身を離して――


〔シンボルの注釈〕
l1 pine      マツ 〈象徴〉不滅性、長寿、豊穣
  shadows    陰、影法師、かげり、亡霊 〈象徴〉死、幽霊
l2 nightshade  ナス属の有毒植物 〈象徴〉
  yarrow    (セイヨウ)ノコギリソウ 
l3 cyphers    暗号、ゼロ
l8 sickle     鎌 〈象徴〉刈り入れ、死、武器
l10 stars 星、星回り、運勢、運命 〈象徴〉運命、希望、理想
l11 dwindle だんだん小さくなって消滅する、縮まる
l17 fates     運命、究極的末路、死、破滅
l18 fugetive   (官憲・危険などからの)逃亡者、避難民、亡命者、変わりやすい(fading)、はかない(momentary)
l19 brink (絶壁・崖などの危険な)縁、端、(破滅の)瀬戸際

【参考文献】アト・ド・フリース著『イメージ・シンボル事典』(山下主一郎他訳,1984,大修館書店)
◆ポーラ・ミーハン Paula Meehan  1955年、ダブリンの下町生まれ。ダブリン在住。現代アイルランドを代表する女性詩人の一人。詩集に『帰還すれば咎めなし“Return and No Blame”』(1984年)、『空にうらなう“Reading the Sky”』(1986年)、『冬の刻印を受けた男“The Man who was Marked by Winter”』(1991年)、『ピロー・トーク“Pillow Talk”』(1994年)、『ダルマカーヤ“Dharmakaya”』(2000年)などがある。その他、長年刑務所で受刑者とともに創作ワークショップを行ってきた経験から生まれた戯曲『セル“Cell”』(2000年)がある。いずれも未翻訳だが、栩木伸明著『アイルランド現代詩は語る』(2001,思潮社)に数編の訳詩が掲載されている。2006年10月、夫で詩人のテオ・ドーガンとともに来日。


※『紫陽』11号(2007.1.20刊)より
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# by Fujii-Warabi | 2009-04-09 08:59 | 英詩・アイルランド詩・英語詩

ディスレクシアについて

こちらは盆地ですので、朝晩の冷え込みはなかなか厳しいのですが、
桜も咲き、どこからともなく沈丁花の香りもして、
春らしくなってきましたね。

早いもので、『紫陽』18号の締切まであと一週間ほど。
私はここ数年『紫陽』のために詩を書いている感じです。
もっと様々な分野の勉強をして考えて創作をしたいのですが、
文字を操るのがなかなか大変です。

そう、最近気づいたこと。
どうして文字が読みにくいときがあったり、読み間違いをよくする、
文章を音読するのが苦手なのだろう、
音を聞いても理解しにくいときがあるのだろう、
と悩んでいる中、「ディスレクシア」という障害を新聞記事で知った。
(これも今まで間違えて読んでいて、「ディクレシア」だと記憶していた。
少々読み違えていてもネット検索には引っかかってくれるから有り難い。)
これは読み書き、聞き取りなどの「失読症」のことで、
学習障害の一種、脳の働きが多数者とは違うことで起こるらしい。
遺伝的な要素もあるとのこと。
私の場合は軽いけれど、色々と思い当たることがある。
まず文字がぎっしりのものはしんどい。
文字がところどころ入れ替わったり、かすんで見えにくく、
文字が飛んだりすることがある。
行間が狭いと、隣の文字などがたくさん目に飛び込んできて読めない。
特にカタカナと数字が苦手。
「ディクレシア」と「ディスクレシア」の読み分けは難しい。
一字一字がはっきりと見えないので。
アルファベットも読み分けがなかなか難しい。
でも、単語が一つずつ分かれているので、一語を写真か図柄のようにして暗記している。
大学時代、英文学科で詩などを選んだのも、
実は文章がすらすら読めないから、詩なら短くてじっくり見つめられていいだろう
という不純な(?)理由が最初にあった。

ディスクレシアには、文字すべてがかすんで見えない人、
反転した文字として目に映る人もいるとのこと。
そんなわけで、私も(?)反転した文字(鏡文字というやつ)を書いてみた。
カタカナ・数字はこちらのほうが読みやすく書きやすく、しっくりくる。
漢字は鏡文字の方が書きやすいものもあるし、
そうでないものもある。
ひらがなは難しいもののほうが多い。
ただ、鏡文字を読んだり書いたりして気持ち悪くなる、ということはないし、
「通常」の文字も鏡文字も私には同じような感じで、違和感もない。
楽しく書ける。読める。

何が書きやすく、何が書きにくいかを調べてみれば、
何が読みやすく、何が読みにくいのかがわかるような気がした。
どうやら一定の法則があるようだ。
ひらがなでは「も」や「と」や「を」が書きにくい。
逆に、カタカナはどれも書きやすい。
英語では「through」「though」「thought」の見分けが困難だ。
なぜなのか?
おそらく、丸みに目が引きつけられてしまい、そこを強く記憶する癖があるからだと
思う。
例えば、「も」なら下の丸み、「を」ならまん中と下の丸み。
「through」「though」「thought」なら「o」と「g」の円に引き寄せられ、
「r」「t」は見えにくくなる。
カタカナは直線が多いので、どれも見えにくく、区別がつきにくい。

でも、悪いことばかりではないようで、
ウィキペディアには
「一方でディスレクシア障害者は一般人に比べて映像・立体の認識能力に優れていると言われ、工学や芸術の分野で優れた才能を発揮している者も多い。これは左脳の機能障害を補う形で右脳が活性化しているためと考えられており、最近は若年者の治療において障害の克服と共にこうした能力を伸長させる試みも行われている。」
と書かれている。
確かに私は、音の聞き取り・記憶力も悪いということもあって、
映像・絵画・立体作品が好きだ。
イメージする力も強い。
結局、「障害」などと名付けるのは社会の側であって、
こういうのも個性としてみんなで楽しめればいいと思う。
人間の脳は複雑である分、差異が大きく、それは豊かさであるはずだ。
私も鏡文字から裏側の世界を楽しむとしよう。
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# by Fujii-Warabi | 2009-04-02 13:29 | 身辺雑記

新国誠一展とアバンギャルド・チャイナ展

以前から関心が高かった「新国誠一の《具体詩》~詩と美術のあいだに~」展に昨日行って来た。
詩が絵画のようで壁に掛けておきたいな、と思う詩もあり、「詩」に固定観念を持っている人には新国の詩は衝撃であるにちがいない。
先に観た人から聞いた話より、ずっと上品でハイセンス、「正統派」な印象を受けた。
白というキャンバスのせい、だけではなくて、おそらく新国は洗練された詩人だったためだろう。
耳が悪いので、声による詩はあまり聴き取れなくて残念だった。

「アヴァンギャルド・チャイナ-〈中国当代美術〉二十年-」展は、新国誠一展のついでにというふうで、気楽に観るつもりが、こっちのほうにハマってしまった。
すごいパワフルで、風刺の精神がビシバシ伝わってくる。しかも表現が豊かで、飽きない。
中国のことをあまりよくわからないままに来たことを恥じた。
本来、芸術とはこういうエネルギーに満ちた民衆のものだったはずだ。中国では革命が起こる、それを芸術から感じることができた私は幸せ者だと思う。

ともに大阪中之島国立国際美術館にて22日まで。
http://www.nmao.go.jp/
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# by Fujii-Warabi | 2009-03-15 17:58 | 芸術鑑賞