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光り輝くもの


オリーブ油をあげましょう
聖書の時代の王へと注ぐやり方で
頭のてっぺんからたっぷりタラタラと、香り立つ黄金の油
   などと想っていたら
彼女は万能油でないと酸化してしまう、と
彼が100均で見繕ってきた油をサッと足に差してくれた

「火の鳥~復活編~」のチヒロのような妖精的美人
シューマンの相棒のように健気で頑強な光り輝くクララ
私の友よ、と言ってみても
私の体とは根本的に造りが違うということは認めざるを得なかった

        * * *

〝放置しないで!〟
と子どもの字で書かれたスーパー脇の看板
あなたはここでいつも抱えきれない食品でヘトヘトの
私を待っていてくれた
(あなたは何も食べないのに……)
そんな日常がバーゲンのチラシとともに風と去り
今は
手枷 足枷 その上数字をふられ、
人質となる
二時間の辛抱だ
とはいえ
私があなたを繋ぎ
158
となる元クララ
その数字を私は今晩床に着くまで覚えているだろう
反復の日々を生きる私は
三日後もまた
158
に来てしまうのだろう
こうして創氏改名は進み数字に蝕まれていってしまうのか

見渡す限りの繋がれた彼女ら彼らすべてを
いつかハーメルンの笛吹きがぶっ壊したメロディーを口ずさみながら
アンドロイドの郷へと誘い連れ去ってしまいたい
万能油の湧くゆるゆるとした温泉天国へ


※『詩悠』2号(詩悠会出版、2010)掲載作品
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by Fujii-Warabi | 2011-04-24 02:45 | 藤井わらびの詩

中島麦展とワークショップ

もう一ヶ月近く前なのですが、とてもインパクトの強い出来事だったので、遅ればせながらアップします。

昨年の秋、奈良アートプロム(NAP)で知り合った画家中島麦氏の個展と「本を作ろう」ワークショップに先月末、行ってきました。

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(↑案内状)

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(写真を撮るのが下手でごめんなさい。)

麦さんの絵は抽象的でありながら、どういう風景を描いたのかがわかる作品で、技術の高さを思わされます。
また、色彩が美しく、絵が生きている感じが直接心に響きます。心の栄養となります。
作品は作者の物の見方が提示されるものですが、
風景以上に共感を呼ぶこの力はなんなのかまだわかりません。
今回の絵は車窓から観たものだそうで、絵が流れてゆく動的な感じが素晴らしかったです。

ワークショップのほうは、1時半から5時半まで、
実に濃い時間を過ごせました。参加者は6名。
何も告知されていなかったので、ドキドキしながら始まるのを待っていました。

まず、今日見た風景をモチーフに小さな画用紙に色鉛筆と絵の具で絵を15枚ほど描くことに。
絵の具を混ぜて色を作り、それを紙において試すのが楽しかったです。
それからまったく別で言葉を細い紙に書き、
最後に無地の本に絵と言葉を貼り付けるというものでした。

私は物の線が見えないので、最初に風景モチーフの絵をラインで描くのに苦労しました。
でも、ここでラインの面白さを発見。
最後の編集はとても難しくて、悩みました。
コンパクトにまとめてしまうのが悪い癖です。
ただ、集中力が欠けている中でも、4時間みっちり向き合ってみて、
物が創れたことには感激しましたし、自信も湧いてきました。
否定的な感情も解消してゆき、創作の力を存分にいただきました。
ワークショップ講師の麦さん、共に楽しい時間を共有してくださった参加者の皆さんありがとうございました。

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追記

 今年は「体験する」を一つのテーマとしています。
体験とはなんなのでしょう。芸術に関するものは、日常の中で閉じがちな心身を開く一つの手段であると思います。芸術はいつも新しい体験です。こうしてワークショップに参加すると、それがやさしくなりますね。
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by Fujii-Warabi | 2011-04-22 15:23 | イベント

「青い森」展

京都のカフェ・トリペルにて
竹村正人/おかそういち/mmmによるグループ展「青い森」が
4/23(土)~4/30(土)まで開催されます。
詩と絵のコラボだそう。
詳細は http://tripel.blog2.fc2.com/blog-entry-108.html
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by Fujii-Warabi | 2011-04-22 14:14 | 紫陽の会

『紫陽』寄稿者・野村尚志さんのライブ情報

野村尚志
LIVE at わからん屋


西木屋町六角北西角シャイン会館3F TEL・FAX:075-213-1137
2011年5月10日
18:30 open /19:30 start
\1.200(前売\1.000)+1drink
問)haveyou[at ]hotmail.co.jp

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by Fujii-Warabi | 2011-04-22 13:16 | 紫陽の会

『愛する人を所有するということ』

 愛する人に見いだされた新たな魅力は、自分の観念世界の引き出しにはなかった、互いの存在の境遇と状況的文脈の交錯が際立たせたものである。この構造的文脈によってうながされた愛する意識の変容は、少なくとも新たに創出された意識の昂ぶりとふるまいの刷新を通じて、愛する者の存在に活気と躍動をもたらす。そればかりではない。愛する者は、相手の存在によってみずからの存在が昂揚せられる関係そのものに、ある種の驚きと感動と幸福をおぼえることができる。他者との結びつきが自分の存在を輝かせることそれ自体によって、愛する者の存在はまたひときわ輝くのである。じつは、ことの「なりゆき」が幸福なものであるなら、同じことは相手にもおきる。まさにこうして、愛する者が活き活きと躍動する存在を示すことによって、相手の側も、自分との交わりがその存在の輝きを創出したことに驚きと感動と幸福をおぼえ、その存在を昂揚させるのである。
 それは、愛する者と相手との「関係」が生み出す存在の振動と輝きであり、いずれの当事者の存在にも還元できない「あいだ」の「なりゆき」が創造する、存在と活気の躍動にほかならない。そのとき愛は、次々と立ち現れる他者の魅力に結びつこうとする態度というよりも、互いの交わりを通じてお互いの存在の振動と輝きを生みだすことそれ自体を追求する関わりとなっている。そのつどの発見の内容が互いの性質である構図がなくなるわけではないが、そこには、自分の固定的な基準にもとづいて相手の性質を愛する構図がないだけでなく、互いがそなえる性質を愛の主原因とする構図もない。ここでの互いの存在の輝きは、いずれかの当事者の性質に帰することのできない、愛する者と相手の相互作用が創出するものなのである。
 そこには、存在の美しさがあると言ってもいい。それは、ブーバーが描きだしたあの「関係」の輝きにほかならない※。愛する者たちは、互いに「働きかけ、助け、癒し、はぐくみ、高め、救うことができる」のであり、そうして「生きた現実となる」。この意味での美は、決して互いの存在を輝かせる愛の結びつきと矛盾などしない。たしかに、相手の存在に固定的にそなわった性質として美を求める態度は、その美に寄与しない交わりを敬遠するだろうし、また交わりそのものが生みだす存在の美を看過するだろう。しかし、互いの交わりによって相互的に存在が輝くことを求める者たちは、まさに愛の交わりが創出する美を求め、享受する者たちなのである。美と愛の結びつきが不可分である理由は、まさにここにある。

         浅見克彦『愛する人を所有するということ』(青弓社、2001年)P124、125


※ 彼(マルティン・ブーバー)が真の実在を生きる者としたのは、「一切と一切との相互性の流れのなかに極めがたく引き入れられて生きている」存在である。それは、「関係のなかに立っている」者と言ってもいい。みずからに対する能動的統御の構えを棚あげし、愛の結びつきを織りなす状況的文脈の交錯に身をゆだねる者の姿は、まさにこの関係を生きる存在に他ならない。愛の「なりゆき」を生きる者は、お互いの意志と行為に還元しえない「相互性」を引きうける。「愛は我と汝のあいだに存在するのである」。こうした者にとって、みずから関与する愛の結びつきの原因となることは思いもよらぬことだろう。「関係」を生きる者は、「因果律のうちに引き入れられてもいなければ、因果律によって染色されてもいない相互作用のなかに立つ」のだから。ブーバーは、そこに人間の真の実在を見た。どれほど主体性を掘り崩すものだとしても、愛する者を連れ去る「あいだ」の「なりゆき」こそが、愛する者の「真実の充実した現在」なのである。「真に生きられるあらゆる現実は、出会いである」

      同書 P85、86  引用箇所はマルティン・ブーバー『我と汝・対話』(みすず書房)より



**************

 人は絶えず変化する。それゆえ、安定的な関係など存在しない。永遠に変わらぬ愛などもありえない。
 でも、人が「自己を求める」内的な運動(movement)を続ける限り、美を瞬間のなかに発散し続けるはずだ。そして、相手とのあいだに「愛」と呼ばれる創造的な一瞬が生みだされてゆくだろう。目の前のその一瞬を大切に重ねてゆくことでしか永遠は見えてこない。
 広大な海に隔てられた他者とお互いのかけがえなさに気づくとき、海が割れ道ができるような感じがする。やっと相手の姿が見えるのだ。この世でそれ以上に美しい瞬間があるだろうか。
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by Fujii-Warabi | 2011-04-20 20:33

ポエアク vol.2

4/2(土)19:00~ スタジオ・ワルハラにて
ポエアク[poetry&action] vol.2~詩と行為が交わる為の場所
が開催されました。

今回はたまたま女性の出演者ばかり。
私は詩の朗読で出演させてもらうことになっていたので、
『紫陽』24号の「esperanza~期を待ち/受胎する」と
オクタビオ・パスの「マイスーナ(わらび語訳朗読バージョン)」を読むことに。
観客は30名弱だったでしょうか。
マイクを持って、20分枠で読むのは初めてのこと。
でも、意外と緊張せずにすみました。
場や聴衆の雰囲気を感じながら、余白を持たせて読むという
自分なりのテーマもそれなりクリアできたと思います。
パフォーマンスも関心はあるけれど、
やはりエクリチュール人間なので、うちで練った言葉を公共の場で率直に伝えるのが一番合っているように思いました。
聴衆の皆さんが、すごく集中してくれていたのが、本当に嬉しかったです。
詩をこれほどまでに聴いて感じてくださる方がいるというのは励みになります。

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三刀月ユキさん(朗読)、
倉田めばさん(朗読&パフォーマンス)、
小休憩を挟んで
主催者の亜子米さんと大橋範子さん(朗読&パフォーマンス)、
小林三悠(パフォーマンス)、
小野のん子さん(パフォーマンス)
と続きました。

三刀月さんの朗読はお芝居のように全身で語る感じ、
めばさんはパフォーマンスの合間に詩を朗読されていたけれど、
パフォーマンスと詩の関係が興味深かった。
切ないけれどどこかユーモアのある独特の世界。

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亜子米さんは朗読、大橋さんはパフォーマンスというコラボだったが、
詩と行為のズレがよかった。水の入ったゴミ袋を水が滴る程度にカッターで切る、大橋さんが
かっこよかった。
みゆさん、こんなダンスをする人がいるだろうか?
大気の妖精のように軽かった。いわゆる「美」から随分外れているのに、美しい。
小野のん子さん、まさに詩だった。
始まりに気づかないくらいそっと静かで、白く、神聖だった。
有機と無機、人工と自然、動きと余白、様々なテーマが見え、
考えさせられた。
この方のパフォーマンスは生き方そのもの。
私の目指す所はここだと思った。

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by Fujii-Warabi | 2011-04-05 12:26

オクタビオ・パス マイスーナ'Maithuna'

   マイスーナ 
                      オクタビオ・パス
                         わらび語訳朗読バージョン

ぼくの眼はきみが裸でいるのを見つけ
   そして熱い
まなざしの雨で
     きみを覆う


〝響き〟という鳥かごが
           夜に
きみの尻よりも
        白く
まぶしい朝に
      開いている

       きみがベッドから跳び降りるとき
きみの笑い声は
       葉のようにさんざめき
きみの月光のスリップは
          ゆれる

舞い散る光
    螺旋の歌声は
純白を巻き取る
          割れ目に
突っ込まれた
     X型の十字

        *

ぼくの昼が
  きみの夜のなかで
破裂する
    きみの叫びが
木っ端微塵に飛び散る
           夜は
きみの身体をひろげ
        微塵になった身体を洗ってゆく
   そしてきみの身体をふたたび結び合わせる

        *

不動の時間
      どうしようもない乾きが
光り輝く車輪を回す
          ナイフの庭
虚偽(いつわり)の宴
これらの反射光の中を抜けて
きみは無傷のまま
 ぼくの両腕の川に入ってくる

        *

興奮より速く
きみは闇の中を泳ぐ
        きみの影は
愛撫のあいだにはっきり浮かび出て
          きみの身体はもっと黒くなる
cómo cuando porque sí
[どのように いつ なぜなら ええ] といったありそうにない
ソリ競争へと きみは跳び込む
 きみの笑い声はきみの服を燃やし
               きみの笑い声は
ぼくの額ぼくの眼ぼくの理性を
濡らしてゆく
きみの身体はきみの影を焼く
きみは不安の空中ブランコの上で
幼い頃の恐怖を揺らす
         見開きはらはらした きみの瞳は
崖の上で 愛し合ったまま
             ぼくを見る
きみの身体はよりくっきり
           きみの影はもっと黒くなり
笑い声はきみの灰の上に降る

        *

産毛の生えた太陽 ブルゴーニュの言葉
  眠らない砂丘できみの領地を舐める舌
髪の毛  鞭の舌  言葉たち
        きみの背で放たれ
        きみの胸で絡み合う
駆り立てられて
きみのことを書いた文字たちは
   燃えさしの状態で
きみを否定する
       きみを裸にする衣服
きみに謎を着せる文章
ぼくを埋(うず)める文章
           髪の毛
きみの腹の上にさっと広がる 深い夜
熱いワインの入ったデカンターは
       律法の石板の上に こぼれている
咆える裸体と沈黙の雲
      月の冷え切った足の裏で
踏みつけられた
蛇の群
    葡萄の房
きみの身体に
ぼくの身体にきみの身体に
風の指と 葉のような両手の雨
   長い髪の毛
       骨たちの木(こ)の葉
太陽から夜を飲み込んだ 空の木
肉の木            死の木

        *

 昨夜(ゆうべ)
    きみのベッドで
 ぼくらは三人だった
   きみと ぼくと 月

        *

ぼくは
   きみの夜の唇を開く
湿った穴
   腹にこもる木霊(こだま)── 

       純白
解き放たれた
      水の奔流(ほんりゅう)

        *

きみの中で眠ること留まること
          きみの真ん中で
両眼を開けて起きていることはもっといい
               黒 白 黒

  きみの記憶
     (きみの記憶のなかのぼくにまつわる記憶
を燃え立たせる
       不眠の太陽になること

        *

また樹液が雲にむかって
立ち昇る
     炎と呼ばれる サルビアの新芽が
はじける
    (燃える雪が降ってくる)
            ぼくの舌は
そこにある
      (きみの薔薇は舞う雪のなかで燃えている)
   もう 済んだのだ
        (ぼくはきみの陰門を閉ざす)
                        夜明けが
そそり立っている


※真辺博章訳『続オクタビオ・パス詩集』(土曜美術社出版販売)をベースに、
原文(スペイン語)、英訳を参照しました。

*********************
 
   Maithuna
                  Octavio Paz

Mis ojos te descubren
Desnuda
Y te cubren
Con una lluvia calida
De miradas

Una jaula de sonidos
Abierta
En plena manana
Mas blanca
Que tus nalgas
En plena noche
Tu risa
O mas bien tu follaje
Tu camisa de luna
Al saltar de la cama
Luz cernida
La espiral cantante
Devana la blancura

Fijeza plantada en un abra

Mi dia
En tu noche
Revienta
Tu grito
Salta en pedazos
La noche
Esparce
Tu cuerpo
Resaca
Tus cuerpos
Se anudan
Otra vez tu cuerpo

Hora vertical
La sequia
Mueve sus ruedas espejeantes
Jardin de navajas
Festin de falacias
Por esas reverberaciones
Entras
Ilesa
En el rio de mis manos

Mas rapida que la fiebre
Nadas en lo oscuro
Tu sombra es mas clara
Entre las caricias
Tu cuerpo es mas negro
Saltas
A la orilla de lo improbable
Toboganes de como cuando porque si
Tu risa incendia tu ropa
Tu risa
Moja mi frente mis ojos mis razones
Tu cuerpo incendia tu sombra
Te meces en el trapecio del miedo
Los terrores de tu infancia
Me miran
Desde tus ojos de precipicio
Abiertos
En el acto de amor
Sobre el precipicio
Tu cuerpo es mas claro
Tu sombra es mas negra
Tu ries sobre tus cenizas

Lengua borgona de sol flagelado
Lengua que lame tu pais de dunas insomnes

Cabellera
Lengua de latigos
Lenguajes
Sobre tu espalda desatados
Entrelazados
Sobre tus senos
Escritura que te escribe
Con letras aguijones
Te niega
Con signos tizones
Vestidura que te desviste
Escritura que te viste de adivinanzas
Escritura en la que me entierro
Cabellera
Gran noche subita sobre tu cuerpo
Jarra de vino caliente
Derramado
Sobre las tablas de la ley
Nudo de aullidos y nube de silencios
Racimo de culebras
Racimo de uvas
Pisoteadas
Por las heladas plantas de la luna
Lluvia de manos de hojas de dedos de viento
Sobre tu cuerpo
Sobre mi cuerpo sobre tu cuerpo
Cabellera
Follaje del arbol de huesos
El arbol de raices aereas que beben noche en el sol
El arbol carnal El arbol mortal

Anoche
En tu cama
Eramos tres:
Tu yo la luna

Abro
Los labios de tu noche
Humedas oquedades
Ecos
Desnacimientos:
Blancor
Subito de agua
Desencadenada

Dormir dormir en ti
O mejor despertar
Abrir los ojos
En tu centro
Negro blanco negro
Blanco
Ser sol insomne
Que tu memoria quema
(Y
La memoria de mi en tu memoria

Y nueva nubemente sube
Savia
(Salvia te llamo
Llama)
El tallo
Estalla
(Llueve
Nieve ardiente)
Mi lengua esta
Alla
(En la nieve se quema
Tu rosa)
Esta
Ya
(Sello tu sexo)
El alba
Salva



    Maithuna
                   

My eyes discover you
naked
and cover you
with a warm rain
of glances.

A cage of sounds
open
to the morning
whiter
than your thighs
at night
your laughter
and even more your foliage
your blouse of the moon
as you leap from bed

Sifted light
the singing spiral
reals-in whiteness
Chiasm

planted in a chasm.

My day
exploded
in your night
Your cry
leaps in pieces
Night
spreads
your body
washing under
your bodies
knot
Your body once again.

Vertical hour
drought
spins its flashing wheels
Garden of knives
feast of deceit
Through these reverberations
you enter
unscathed
the river of my hands.

Quicker than fever
you swim in the darkness
your shadow clearer
between caresses
your body blacker
You leap
to the bank of the improbable
toboggans of how when because yes
Your laughter burns your clothes
your laughter
wets my forehead my eyes my reasons
Your body burns your shadow
You swing on the trapeze of fear
the terrors of your childhood
watch me
from your cliffhanging eyes
wide-open
making love
at the cliff
Your body clearer
Your shadow blacker
You laugh over your ashes

Burgandy tongue of the flayed sun
tongue that licks your land of sleepless dunes
hair unpinned
tongue of whips
spoken tongues
unfastened on your back
enlaced
on your breasts
writing that writes you
with spurred letters
disowns you
with branded signs
dress that undresses you
writing that dresses you in riddles
writing in which I am buried
Hair unpinned
the great night swift over your body
jar of hot wine
spilled
on the tablest of the law
howling nude and the silent cloud
cluster of snakes
cluster of grapes
trampled
by the cold soles of the moon
rain of hands leaves fingers wind
on your body
on my body on your body
Hair unpinned
foliage of the tree of bones
the tree of aerial roots that drink night from the sun
The tree of flesh The tree of death.

Last night
in your bed
we were three:
the moon you & me.

I open
the lips of your night
damp hollows
unborn
echoes:

whiteness
a rush
of unchained water

To sleep to sleep in you
or even better to wake
to open my eyes
at your center
black white black
white
To be the unsleeping sun
your memory ignites
(and
the memory of me in your memory

And again the sap skywise
rises
(salvia your name
is flame)
Sapling
crackling
(rain
of blazing snow)
My tongue
is there
(Your rose
burns through the snow)
is
now
(I seal your sex)
dawn
from danger drawn

Translated by Eliot Weinberger

Octavio Paz (1914-1998)
メキシコの詩人、批評家。1990年、ノーベル文学賞受賞。

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[memo]
もし世界に完璧な詩があるとすれば、この作品だと思う。
韻律、思想、象徴・イメージすべてが揃っている。
'maithuna'とはサンスクリット語で「性の交わり」という意味だが(そのものズバリ)、人間の歴史的な生や交わりについて感じさせられる。
また、彼の詩は「西洋的」でもない。まず生身の人間が真ん中にある。
たとえば、「熱いワインの入ったデカンターは/律法の石板の上に こぼれている」
という箇所はそれをよく語っていると思う。
キリストの血でもあるワインだが、それを情熱のイメージをすり替え、
十戒を記す石板の文字が見えないようにこぼしてしまうのだ。
「汝、○○するなかれ」という戒律など情熱に飲まれてしまったらいいのだろう。
「月」も効果的に使用されている。
太陽は明・正義・暴くものなら、月は陰・魔術・隠すもの。
「昨夜/きみのベッドで/ぼくらは三人だった/きみと ぼくと 月」
-恋人と二人きりでいても、実は様々な作用を受けている。
太陽はすべてを暴くようにじりじり照らしつけるが、
月は恋人たちのそばにそっとある。人は閉鎖された関係のなかに生きているのではない。
たえず、三人といった開かれたなかに在るはずなのだ。
でも、第三者が「月」であるのがパスらしく、脱西洋的でエロティックである。
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by Fujii-Warabi | 2011-04-05 11:42 | 詩人・芸術家の紹介