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お知らせ

「リンク集」や「プロフィール」を少しずつ追記しておりますので、
たまにご覧いただけると幸いです。
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by Fujii-Warabi | 2009-06-22 10:02 | 身辺雑記

キェシロフスキ監督特集上映「キェシロフスキ・プリズム」!

こんばんは。
蒸し暑い夜ですね。うちの中は30度を少し越えています。
この時期から暑いのでは真夏が思いやられますね。
せめて今、活発に動いて、夏にのんびりしたいものです。

来月11日から大阪のシネ・ヌーヴォで、我が愛するキェシロフスキ監督の特集上映「キェシロフスキ・プリズム」が始まります。
DVDになっていないものも多数上映されますので、これは見逃せません!
詳細は⇒ http://www.cinenouveau.com/cinemalib2009/kieslowski/kieslowski.html
その前に東京のユーロスペースにて昨日から始まっているようで、関東の映画好きな方には是非お薦めしたいと思います。
詳細は⇒ http://www.eurospace.co.jp/detail.html?no=205

ちなみに私は7年ぐらいまえに梅田で『終わりなし』を観ました。平日昼間なのに、すごい熱気でほぼ満席でした。なので、今回も少し早めに行こうと思っています。
ビデオ・DVDで『デカローグ』シリーズ、『ふたりのベロニカ』『アマチュア』『トリコロール』『偶然』『傷跡』は観たので、他の作品を観るつもりです。そうなるとまず『スティル・アライヴ』でしょうか。
『殺人に関する短いフィルム』『愛に関する短いフィルム』はTV放映用の『デカローグ』シリーズの5話と6話を劇場用に仕立てたものです。
フランスでは当時『デカローグ』シリーズ全話が劇場公開されたそうですが…。
とにかく楽しみですemoticon-0152-heart.gif

参考までに、キェシロフスキのことを書いた昔の記事をよろしければどうぞ。
http://warabipoem.exblog.jp/10300577
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by Fujii-Warabi | 2009-06-21 23:36 | イベント

『紫陽』18号読者会の感想

暑くなってきました。
最近、うちの前のコシアカツバメの巣をめぐって争いがあるようで、鳴き声が響いています。この前まで間借りしていたスズメが南からやってきたツバメに怒っているのだと思います。先日卵が巣の下に落とされ割れていました。それでもヒナの声が聞こえるので、幾羽かは孵ったのでしょう。安心しました。

さて、この前の日曜に開かれた『紫陽』18号の読者会も盛況でした。参加者は14名。取り上げた作品は詩8篇+詩論1つでした。
毎回有意義なのですが、今回も他者の詩に耳を傾け、みんなのものとしてゆくということがうまく行われたと思います。それは参加者ひとり一人が積極的に詩に向き合い、自分のものとして引き受けた上で、言葉を投げかけてくださったからでしょう。創作、また読むことへの皆さんの情熱・愛を感じられる時でもあります
いつもこの集いの終わった後、不思議な気分になります。あの空間・場所が日常とかけ離れている分、その雰囲気が胸にじわっと残るのです。そして、それは『紫陽』を続けたいという強い動機になってゆきます。

私がくどくどと書くよりも、参加者の方々がブログやmixiに書いてくださった文章を読むほうがその雰囲気などがわかりやすいかと思いますので、ここで簡単にご紹介させていただきます。

★ブログ
河津聖恵さん「詩のテラス」 http://maruta.be/terrace_of_poem/210
亜子米さん「こちらは亜子米です。」http://geocities.yahoo.co.jp/gl/akobeyjp/comment/20090614/1244994574#comment
★mixi
鰻亭すりんさんの日記 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1196762866&owner_id=77430
tamacoさんの日記 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1197905032&owner_id=1042597

その他にも書かれている方がおられましたら、コメント欄にご記入いただければ幸いです。

その後の交流会は寮さん宅でお世話になりました。美味しいお料理や細やかなお気遣い、ホスピタリティは本当に有り難く思いました。しっかり場づくりせねば、という反省を迫られた出来事もありましたが、それ以外は詩的で素晴らしいものでした。この時代にこのような所はとても貴重です。

そういえば、paceさんが購入していた寮美千子さん作詞のCD『あおによし まんとくん』についてブログに書いてくれていましたね。
http://blog.goo.ne.jp/pace-e-asia/e/b9be71cf6728d803cc00f4c10ac0bab0
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by Fujii-Warabi | 2009-06-19 11:53 | 紫陽の会

短歌同人誌『町』を読んで

先週の「ならまち大人の文化祭」で吉岡太朗氏の参加する短歌同人誌『町』創刊号を入手したのですが、これがかなり良くてここで少しご紹介させていただこうと思います。

まず、巻頭を飾る瀬戸夏子さんの詩のような短歌「すべてが可能なわたしの家で」。
 すべてが可能なわたしたちの家で これが標準のサイズ
 二重の裏切り、他になにもない朝の音楽に
 もう何リットルかわからないけれど、生きてるかぎりは優しくするから
 あなたが日本人だとしてもわたしたちにはまるで関係がないって

二連目
 わたしたちが住んでいる 家ではこれが標準のサイズ

とてもインパクトの強い始まりである。
タイトルは「わたしの」となっているところが、歌では「わたしたちの」「わたしたちが」となっており、共同体を指している。「これが標準」と決められ、私たちは教育によって叩き込まれてきたのだが、瀬戸氏の〈狂気〉とも名付けられそうなほどの豊饒なイメージによって、それらが覆されてゆく様が心地よく感じられる。

 
 どうしてこんなに 美しい日本のわたしたちの
 必要最低限なエロほんに関わるために電車がいくたびも憂鬱に、通り抜け
 子どものころからずっと一緒、おしりがいくつも隣に並んで
 青森に厚かましいりんごが生きていて友人が生きている注意を払わない


「あなた」のアイデンティティは「日本人」かもしれないけれど、「わたしたち」はどうやらそこからズレたところ、あるいはこぼれたところにいるようで、それもはっきりとはしない。現在の「共同体」の曖昧さを描いているようだ。しかし、もともと共同体というのは境界があったり目に見えるものではない。「わたしたち」というのは書き手と読み手、つまり文学によって繋がった者たちであろうか。一方的に括られ線引き・排除される「美しい日本」「日本人」から逸脱して、ここに「共同体」を創造したいという願いを込めているのであろうか。
本来人は「すべてが可能」なはずである。しかし、二極分化したこの時代私たちは、世界を牛耳る〈多数者〉に「標準」「常識」を押しつけられ、「不可能」を言い渡されている。しかも、「あなたの努力次第だ」という自己責任を負わされて、「落伍者」は〈少数者〉とされて。だが、文学者・芸術家はそれを超えることができる。だから、この作品はシュルレアリスティック(超現実的)なのだろう。
一連二行目の「二重の裏切り」という言葉がとても気になった。一つ目の裏切りは、「現実」への裏切りだろう。二つ目は、おそらく読み手の読解への裏切りなのではないか。「こうである」と解釈した途端、ポエジーというのはするりと逃げてしまう。線引きするような意味を求られ、形へとはめられることをきらうからだ。

この他にとても素敵なヴィジョンやフレーズがたくさんあり、ご紹介したいのですが、書きすぎると野暮ですし、疲れてきたので、実際に誌面を見て感じていただきたいと思います。

そして、吉岡太朗氏の「魚くじ」。

 ロケットを猫がしきりに舐めるので少し削って出汁にしてみた
 霧雨の夜の電話にでてみたら受話器が耳に触手をのばす
 町中の電信柱がぐにゃぐにゃとお辞儀をするのでえらいひとです
 取り皿を両手に持った行列のさわれる耳たぶいやな耳たぶ
 そのたびに泥がこぼれる 図書館の本の着ぐるみ剥いだら魚
 かろうじて鯉だとわかる きらきらと鱗のかわりに画鋲まみれの


冷ややかな固形物と生々しい有機物のコントラストが見事で、それが触感に訴える爆発的な力を放っているように思う。
「魚」は西洋の象徴では「生命力」を表すが、「魚くじ」には、穏やかな春の海を照らす陽光に魚の鱗が輝くような、生の力(エロス)が漂っている。かなりシュールなのに、現実味を帯びて生き生きと胸に広がる身体性が彼の作品の優れたところであろう。

その他には平岡直子氏の「Re:/Fe:」が良かった。宮沢賢治・他の同人への返歌なのだろうが(「本歌取りの複数」と書かれているが)、多声的で「ともにある文学」としての心地よさがあった。そして、実験的・創造的な試みにわくわくしながら読ませていただいた。もちろん、イメージが目の裏に浮かぶように鮮やかで作品自体が素晴らしかったのは言うまでもないことである。

『町』を手にしたとき、まずシンプルな雑誌名、緑一色の表紙に惹かれた。なにか素直なものを感じたからだ。
内容はシンプルではなく、作品はそれぞれ個性があり、様々な声を響かせあうような共同性がある。時代や空間の広がりがあり、世界へと開くような、呼び掛けがある。落ち着いた雰囲気なのだが、その内に秘めたエネルギーはこの時代のシニシズムを超えてゆくようなものを感じた。「すべてが可能」だということをしっかり胸に刻もうと思う。


なにやらエラそうなことを書きましたが、私は短歌はあまり読み慣れていないので、感想程度とお考えいただければと思います。
『町』の詳細は http://000machi000.blog42.fc2.com/
こちらから購入することもできます。一部500円です。
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吉岡太朗氏の直筆。私の一番好きな歌を表紙裏に書いていただきました→
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by Fujii-Warabi | 2009-06-13 11:34 | 詩人・芸術家の紹介

グループ展「飛鳥から奈良へ」

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父・ふじい忠一から久しぶりに便りが届きました。
「飛鳥から奈良へ~国際彫刻展序章~」の案内で、6月14日(日)から28日(日)まで明日香村の岡本寺で開催されるそうです。
入場無料、11:00~18:00(最終日16:00)、
21日(日)には「言霊と形象」というテーマで詩人・佐々木幹郎氏と阪大学長・鷲田清一氏の対談もあります。
詳細は、http://narasculpture.web.fc2.com/
問い合わせ先は 事務局(西田画廊内) 0742-35-2455 まで。
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by Fujii-Warabi | 2009-06-12 15:53 | イベント

「ならまち大人の文化祭」に参加して

最近出かけることがけっこう多くそわそわしており、気分の切り替えのできない私はブログはお休みになってしまっていました。
イベントはどれも良くて、何から書こうか迷いますが、
とりあえず最近のところからぼちぼち書いてゆこうと思います。

6月6日には奈良の大乗院庭園で「ならまち大人の文化祭」が開催され、作家・寮美千子さんの新作童話『夢見る水の王国』の朗読や奈良少年刑務所の教官のお話を聴いたり、詩の朗読、亜子米さんによる連詩のワークショップに参加しました。
朗読は私はいいきき手ではないのですが、場所が非常に良く、また快晴で、お庭に気を取られながらのほほんと聞かせていただきました。
私は『紫陽』18号の「名前を呼ぶ」を取りあえず朗読。
相変わらずたどたどしい朗読で恥ずかしかったです。

連詩のワークショップですが、これは新たな発見がありました。
みんなで一作を創るわけではなくて、すべての人に紙が渡され、最後には人数分の詩が出来上がるというものでした。
最初はこんなに書けるかな、と不安でしたが、そのうちにテンションが上がり(すぎ?)、悪ノリしてしまいました。
私は連詩でも、長々と書くのが苦手で、一行二行でスパッとすませてしまう短距離走者のようでした。
終わってからその紙の書き始めの人が読むのですが、ユニークな詩が多く、みんなで創った達成感のようなものが体いっぱいに広がりました。
ひとりで創った詩では私はおなかいっぱいにはなりませんが、みんなで創った詩はおなかまで膨れるような感覚が味わえるのですね。幸せでした。
(そういいつつ差し入れの煎餅をぼりぼり囓っていましたが……。emoticon-0111-blush.gif

こういう場を創ってくださった、作家の寮美千子さん、おつれ合いの松永さんに感謝でいっぱいです!

追記 亜子米さんのブログで連詩のワークショップに関する模様が書かれています。
http://geocities.yahoo.co.jp/gl/akobeyjp/comment/20090614/1244990164#comment
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by Fujii-Warabi | 2009-06-10 01:34