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『紫陽』18号の反響

日中は暑いぐらいの季節になってきましたね。
『紫陽』18号はお手元に届いておりますでしょうか?
こちらへはぼちぼちと反響・感想などが返ってきており、楽しく読ませていただいています。
『紫陽』や作品をHP・ブログで取り上げてくださる方もおられて、
私が知る限りですが、ここで簡単に紹介したいと思います。

★T.A.さん「fragments」……藤井わらび「十三月」、松本タタ「月を」の批評を書いてくださっています。http://yaplog.jp/fragments0408/daily/200905/25/
★河津聖恵さん「詩のテラス」……藤井わらび「名前を呼ぶ」の詩と批評が掲載されていますが、詩と深く向き合っていただいて感激しました。http://maruta.be/terrace_of_poem/197
★野樹かづみさん「雲ゆく空の」……宇野善幸「あらゆるところに〈路地〉が-野樹かずみ・河津聖恵『christmas mountain わたしたちの路地』を読む-」への感想を綴られています。http://sorayuku.spaces.live.com/blog/cns!7AC408F9454103FF!1334.entry

他にもありましたら、ご報告ください。あるいはコメント欄に自由にご記入ください。
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by Fujii-Warabi | 2009-05-29 16:34 | 紫陽の会

テレビなしならインフルエンザは怖くない。

最近テレビが映らなくなった。
18年前に相棒が大学に入学する時に今は亡き父親に買ってもらった代物で、
これまでも何度も修理してきたアナログテレビだが、いよいよ寿命か……
と思いつつも、なかなか諦めきれない。
コインを入れても動かない自販機をぼんぼんと叩くとジュースが出てきた経験が子どもの頃ある。
なので
テレビをぼんぼんと二度叩いてみた
ら、映った!
漫画のような昨夜の一コマ。

でも今夜つけるとやっぱり映らない
ので、もっと叩いてみた
が、無駄だった。
やっぱり観念して修理屋を呼ぶとしよう。
(もちろんデジタルテレビは意地でも買わない。)
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by Fujii-Warabi | 2009-05-23 01:36 | 身辺雑記

展覧会に、シェリーに。

『紫陽』の発送作業も終わり、心地よく一息……
のはずが、熱が出てしまって、うちでだらだらしている。
自律神経の乱れから出る熱はなかなかひかなくて悩みの種。

でも、週末「After School・放課後の展覧会」というグループ展、
そして相棒の友人の笹倉洋平ライブ・ペインティングに行く予定なので、
これまでに体調を整えねばならない。
彼のライブ・ペインティングはかなりの評判なので、
お暇な方は観に行きましょう。

最近、やっぱり英詩・アイルランド詩だ、と思い、
年初にワイルドの訳をしてみたのをきっかけに興味の向く物から読んでみている。
とはいえ、読むのが非常に遅い。
さらに凝り出したら、取り憑かれたようにずっと一つの言葉の訳を考えてしまったりして…。
今は、パーシー・ビッシュ・シェリー『鎖を解かれたプロメテウス』(1820年頃の作品)の原詩。
彼は若い頃よりウィリアム・ゴドウィンなどのアナーキズムに傾倒し、
どこまでも自由を求め、愛によって世界を変えようとした詩人で、
この「プロメテウス」もそれを詩によって豊かに説いたもの。
個人の内面からの革命というところに私は共感するし、
詩にはそういう力があると信じて私は詩作している。
「ロマン派」と一括りにされ、甘ったるいようなイメージが流布しているが、
このプロメテウスは絶対神ゼウスに挑むという激しい物語りでもあり、
かなり気分が高揚する。
そう、「絶対的な権威」など存在しないのだ。
この作品は人類が誇る文学の最高峰といっても過言ではないと思う。
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by Fujii-Warabi | 2009-05-21 22:20 | 芸術鑑賞

『紫陽』18号!!

『紫陽』18号ができました!
今号も64ページで盛りだくさんです。
女性の参加が多かったからか、一見やわらかな印象ですが、
奥が深く味わい深いと思います。

★詩

河津聖恵  「チンダレ-空と風と星の詩人に」
竹村正人  「よる」
藤井わらび 「十三月」
        「名前を呼ぶ~ガザへ~」
石瀬琳々  「双子の町」
風梨子    「すみれ」
福田理(りー)「エニグマ」
         「白い顔の冬の月」
高野五韻  「パンツが見たい」
鬼原悠翠  「我ら光より来ます。」
北山兵吉  「敏感に」
        「あ~ァ」
笠原美香子 「さぁみんなで無防備運動!」
三刀月ユキ 「花の腕(かいな)」
亰雜物    「二〇〇九年三月の詩人(36)と一九七九年四月の一年生(6)との交歓、
         そしてミロおじさんからの贈り物」
窪ワタル   「サイゼリア」
南原魚人   「セックス・レス・カンパニー」
亜子米    「キノメノ芽吹 (不安定な旋律とともに)」
         「春の惑星 (テンポ・きわめてゆっくりと)」
松本タタ    「月を
畑中暁来雄 「鬱が降る」
小池栄子   「春のモチーフ」
寮美千子   「あおによし」
武中光男   「時代と歴史」

★散文

鈴川夕伽莉 「さようなら村上春樹さん -エルサレム賞を巡り、もろもろ批判する」
宇野善幸   「あらゆるところに〈路地〉が 
          -野樹かずみ・河津聖恵『christmas mountain わたしたちの路地』を読む-」

洛北出版   「『紫陽』のための書体見本、
          あるいは、書かれた文字と支持体(石版、皮革、モニター……)との関係」

〈お詫び〉今回は誤植がありました。ソフトのバグが原因のようですが、本当に申し訳ありません。
慌てて正誤表をつくり、挟ませていただきました。

〈お知らせ〉発送は今週中に行いますので、もうしばらくお待ちください。
そして、毎回楽しい『紫陽』読者会、今回は6月14日(日)13:30~、古書喫茶「ちちろ」にて。
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by Fujii-Warabi | 2009-05-19 22:30 | 紫陽の会

『びーぐる』による『紫陽』評

『季刊びーぐる~詩の海へ』第3号(澪標、2009.4刊、1000円)、細見和之氏による詩誌時評で、
『紫陽』が取り上げられていました。

『紫陽』第17号巻頭の寮美千子「象のいる渚」は、象、渚、瑪瑙という三つのイメージから、四十数行の詩をゆったりと着実に展開していて印象的。

とのこと。
ちなみに『びーぐる』の今回の特集は、「海外現代詩」でリンダ・マリア・バロス、ウィリアム・クリフ、ミリアム・ヴァン・ヘー、ヴォイスラヴ・カラノヴィッチ、クラウディウ・コマルティン、ウルシュラ・コジォウ、ヴァルター・ヒューゴー・メー、バーナード・オドノヒュー、デニス・オドリスコルらが紹介されています。
なかなか面白そうですよ。
更新されていませんが、HPは http://homepage2.nifty.com/yamadakenji/beagle1.htm
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by Fujii-Warabi | 2009-05-16 10:31 | 紫陽の会

あしあと帳

最近、ブログを見て下さっている方がけっこう増えてはいるようですが、
記事の内容がこんなのですから、コメントを遠慮されているようで、
もったいないので、以前のブログについていたような「あしあと帳」みたいなものを
ここに作りたいと思います。

お名前(ハンドルネームでもなんでも)とあればなにか一言をコメント欄になんとなくよろしくお願いします。

c0094173_7165638.jpg
                      


                          →この花の名前を
                           教えてください。
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by Fujii-Warabi | 2009-05-13 05:37 | あしあと帳

落ちる瞬間

   falling moment

金魚すくいの薄い膜から
あなたの指は破れて落ちた

 階段を転げ落ちる時
 何を想うだろう
 ついてゆかない感覚
 それを後に掴むとき

人差し指が金魚鉢にスプラッシュと落ちた
広がる王冠のような波紋
群がる魚たちは
その一瞬という小さな獲物を
あぶくも立てずにつついている

                    (2009.5.13)


出来立てほやほやの詩です。
不眠症が厳しく、この10日ほど一時間半/日しか眠れないので、
漢方薬を飲んでいるのですが、これまた効かなくて、
しようがないので、眠剤を飲みました。
それでも四時間しか眠れないので、しようがないから詩でも書いてみました。
起きた瞬間のイメージです。
こんな感じで気楽に詩を書くというのも、昔はやっていたのですが、
再び戻ってみたい気がしました。
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by Fujii-Warabi | 2009-05-13 05:31 | 藤井わらびの詩

詩2篇

  小さな画家

絵の具がないから空のパレットから
色を頂戴した
誰にも出せないような光彩を使い
真っ暗な心に星を描いた

「空の星が翳(かす)んでいます。」
それはネオンのせいでしょう
ぼくは泥棒じゃない
あなたたちの方でしょう

校庭の一、二、一、二の掛け声 寒気がした
太陽のヤツ、ニヤリとした
ぼくの体に熱を入れようと
筆で太陽の黄を取り、体じゅうに塗りたくった

「旗の赤が薄くなりました!!」
いえ、太陽は赤くない
太陽はすべてを照らすもの
泥棒はぼくじゃないです


   家と子

父を殺したのは誰?
物陰から小型拳銃で狙い撃った
能面のか細い女
わたしはすぐ彼女を匿った

あんなに優しい人だったのに
膝をついて母は嘆く
まわりでたくさんの子どもたちもぴーぴー泣いている
でも誰も犯人を捜そうとはしない
数日経てばみんな忘れてしまうだろう
そして彼女も家族になるだろう

馬小屋を改造した狭い家
ひしめき合う中、大男が今日消えた
今日はわたしの誕生日
ケーキはないし当分ごはんにも困るだろうけど
わたしは外で拾い食いをするだろう
もう二度とつまようじなど啣(くわ)えない

スマートな手際だったね
彼女の耳元で囁く
わたしなら丸太で何度も何度も殴ったろうに、
やっと彼女はにっこり笑った

いつまでもいい子でいたかったな
でもやっぱりさぁ
母さんが口うるさいようでいて
父さんが二階でどっかり座り込んでいたわけだから

わたしらが心まずしいのは結局……
わたしたち二人は話半ばで寝入ってしまった


※紫陽の会『紫陽』第13号(2007年9月20日)

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最近自分の詩をアップすることを忘れていました。
『紫陽』に載せているから、まぁいいか、という感じで…、
あとは、2年も前のものを古く感じてしまうので。
『むらさきの海』を昨日読み返してみましたが、
他人の作品のように思えました。
どんどん変わってゆく中で、詩集という形で「過去」を振り返ることができるのは
詩集をつくった一つの意味でもあるのでしょうか。
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by Fujii-Warabi | 2009-05-11 17:34 | 藤井わらびの詩

『ツェルノヴィツ通信』創刊!

昨年末あたりからでしょうか、『紫陽』への投稿量が毎号多いので、
『紫陽』に集う仲間たちに新たな詩誌づくりを提案してみたりしていました。
そんな中で、O柳さんや竹村君が「では」ということで準備が始まり、『ツェルノヴィツ通信』として先日創刊号が発行されました。

手にしてみて、なんだか感動しました。
A4で大丈夫かな、という余計な心配も少々ありましたが、
手作り感もあり、でもセンスがよく、手に取りたいような魅力があります。
久々に他の人が編集した詩誌に、訳詩ではありますが詩が掲載され
大切にされている感じを味わいました。
そしてこのゆるやかさがなにより心地いいですね。
漫画に小説にエッセイに詩にイラスト……、このまぜこぜさが好きです。
「ツェルノヴィツ通信」の名前の由来もなるほど、と思いました。
「“都市”が帰属すべき『国』は変わり、『国』は興亡した。
が、“都市”はあり続けた。
人々は、様々に、住まい続けた。」
“都市”という人の住む最小単位のような、そんな小さくとも人の匂いのするプラトー的な詩誌、私も共感します。

ちなみに私はこのブログに掲載したオスカー・ワイルドの「バラとヘンルーダ-L.Lに-」を手直ししたものを載せました。(それでもまだ直したい所がありました。まだまだ訳詩修行中です。)

それから、編集・製本作業をされた皆さん、本当にお疲れさまでした!
また何かお手伝いできたら…と思います。
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by Fujii-Warabi | 2009-05-07 09:47 | その他の詩誌