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新国誠一展とアバンギャルド・チャイナ展

以前から関心が高かった「新国誠一の《具体詩》~詩と美術のあいだに~」展に昨日行って来た。
詩が絵画のようで壁に掛けておきたいな、と思う詩もあり、「詩」に固定観念を持っている人には新国の詩は衝撃であるにちがいない。
先に観た人から聞いた話より、ずっと上品でハイセンス、「正統派」な印象を受けた。
白というキャンバスのせい、だけではなくて、おそらく新国は洗練された詩人だったためだろう。
耳が悪いので、声による詩はあまり聴き取れなくて残念だった。

「アヴァンギャルド・チャイナ-〈中国当代美術〉二十年-」展は、新国誠一展のついでにというふうで、気楽に観るつもりが、こっちのほうにハマってしまった。
すごいパワフルで、風刺の精神がビシバシ伝わってくる。しかも表現が豊かで、飽きない。
中国のことをあまりよくわからないままに来たことを恥じた。
本来、芸術とはこういうエネルギーに満ちた民衆のものだったはずだ。中国では革命が起こる、それを芸術から感じることができた私は幸せ者だと思う。

ともに大阪中之島国立国際美術館にて22日まで。
http://www.nmao.go.jp/
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by Fujii-Warabi | 2009-03-15 17:58 | 芸術鑑賞

ボブ・ブラック「労働廃絶論」について

いま、ボブ・ブラック『労働廃絶論-遊動社パンフレット2』(高橋幸彦訳、遊動社)を読んでいます。
1985年に書かれたので、「労働」がフォーディズム時代の定義なのですが、私はこの論とまったく同じ考えです。「遊び」(playにはスポーツをしたり、楽器を弾いたり、という意味もある)心を持って創造的に生きることしかこの世界を変えることはできないと思っています。そしてそれはひとりひとりに掛かっている、つまり言い換えれば、生活の中でいつでもできることなのです。
権力はどこにもいらない。資本主義への奉仕をやめ、個々が創造的な欲動を開放し、個と個が対等になれれば実現するでしょう。
カローシに至るまで奉仕させられる労働者づくりのための学校もいりませんね。悪の根源です。子どもが反抗するのは正当な理由があります。

「シュールレアリストを真似て言うと」「私は完全失業がよろしいと考える。」
これはもっともです。「完全雇用」のなかに囲い込まれていくのはごめんですね。
失業者で詩を書き続けるのが私の理想です。
そのために遊んでがんばります。


「労働廃絶論」はこちらでも読めます
http://www.ne.jp/asahi/anarchy/anarchy/data/black1.html
遊動社のHPはこちら ⇒http://a.sanpal.co.jp/u-do-sha/top.html
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by Fujii-Warabi | 2009-03-13 12:37 | 社会問題系

『紫陽』17号読者会の模様

 おとといの8日お昼より、『紫陽』17号読者会を行いました。
参加者は15名、読んだ作品は8篇でした。今回何よりよかったのは、寮美千子さんや南原魚人君、そして寄稿者のお友達・おつれ合いさんといった新しい参加者が多かったことでしょう。たいした呼びかけなしにこれだけの方が集まってくださったのが嬉しかったです。また今号は力作揃いでしたので、読みわかち合うその場にも様々なカラーの力が溢れていたような気がしました。

〈読んだ作品-順に〉
吉岡太朗「空束は贈るにむなしい」、西きくこ「空き缶」、pace「疾走」、寮美千子「象のいる渚」、オーヤナギ「風の生」、三刀月ユキ「フリーフォール」、亰雜物「桶の狭間を埋める二〇〇八年一二月の塵芥」、藤井わらび「夜双曲」

 反省すべきはその後の交流会でした。雰囲気もよく、交流も活発にできていたように思いますが、とにかく高くついてしまいました。遠いところから電車代もかけてきてくださった皆さん、本当にみませんでした。長時間にわたるものであったから、という理由もありますが、レシートを調べるとお料理の額がぐっと上がっていました。特に新メニューと思われる創作料理が高かったです。こういう所にも「金融危機」とやらが響いているようで、この経済社会の外へ出ていくことが必要だと改めて思いました。読者会の後は私はひどく疲れて、セルフサービスをするゆとりがないので、悩んだ末、近くの居酒屋でいいかということになったのですが、こんなに高いともう使えませんね。他の道を探しましょう。
 とにかく参加者のみなさま、お疲れさまでした。
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by Fujii-Warabi | 2009-03-10 11:12 | 紫陽の会

『紫陽』の反響など

2月はここから遠ざかっていたので、
それなりにたくさんニュースがある。

まず、『紫陽』のこと。
詩人の城戸朱理さんがご自身のブログで『紫陽』を紹介してくださっています。
⇒ http://kidoshuri.seesaa.net/article/115026264.html
毎号取り上げていただいてありがとうございます。
「時代の転変の予兆のようでもある」というお言葉、私も本当にそうだと思います。
詩・詩誌が自ら動いて書き手の知らない所まで広がってゆく感じ。
混沌としているがゆえのエネルギーの相乗的な爆発が起きているような気がします。

それから、城戸さんが
「最新の17号では、藤井わらびの『夜双曲』に目を見張った。」
とコメントしてくれていたことが嬉しかったです。
この詩は他でも好評でした。
まだまだ実験途上で、ここに落ち着くつもりもなく、満足もできていませんが、
そこそこの収穫が見込めたような気がします。
本当に書きたいものをいつ書くことができるのか、
そんな不安もありますが、実験のほうが面白いのかもしれませんね。

そして、『紫陽』は文芸雑誌『びーぐる~詩の海へ~』第2号(澪標、2009.1)でも取り上げられていました。
16号特大記念号の特集「藤井貞和のアクチュアリティ」の詩論に細見和之さん、阿毛久芳さんが注目してくださっていて、それがよかったと思います。
『びーぐる』のHP http://homepage2.nifty.com/yamadakenji/1beagle.htm

疲れてきました。
つづきはまた次回。
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by Fujii-Warabi | 2009-03-07 11:40 | 紫陽の会

亜子米さんの朗読ライブ

ご無沙汰してしまいました。すみません。
例年より早く春先の不調が来てしまい、2月はめまいやら体の硬直やら不眠やらで寝込んでしまいました。鬱々と過ごした揺り返しで、最近ハイになりよく眠れません。ブログも書く気マンマンですが、疲労していて頭が支離滅裂。自分が何をしているのかもよくわからなくなります。

話は変わって、
先日、『紫陽』17号にも寄稿してくださった亜子米さんの朗読ライブに行って来ました。奈良市内のギャラリー「OUT of PLACE」会場だったのですが、ここがまた素敵なところで、白い壁に圧迫感はなく何でも描けるような自由を感じました。
詩の朗読は、私は左耳が難聴のため音が妙に反響することもあって苦手なのですが、亜子米さんのはちがいました。
素朴で素晴らしいオーラが出ていて、こちらも素直に自分のすべてを開け、体が響き合っているような感じ。もやもやとした不調が抜けて、詩的なエネルギーを注入されていくよう心地よさをたっぷり味わいました。本当に不思議な体験でした。どうもありがとうございました。
彼女はもともと絵描きさんなのですが、朗読をはじめてからギタレレも弾きはじめられたそうです。絵も言葉も音楽も自分を伝える手段というより、亜子米さん自身の体が自然や本来の愛を媒介する手段として謙虚に宇宙のひとつとしてあるようで、改めてシャーマンなのだと納得しました。

★亜子米さんのHP http://akobey.site90.com/
★Gallery OUT of PLACE http://www.outofplace.jp/G.OoP/TOP.html

またギャラリーに集った方々が楽しい作家さんが多くて、
ついつい話しすぎてしまいました。
なかなか芸術を語れる場所がないので、ここは貴重ですね。
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by Fujii-Warabi | 2009-03-04 16:05 | 芸術鑑賞

ADSL化

うわ~、速い!!
今まで30kbpsのダイアルアップで自分のブログを開けるのに5分もかかっていたのですが、
ブロードバンドならスパッと開いてしまいます。
これまでの時間は何だったのか……。
物足りないような気もしますが、
見られなかったページや聴けなかった音声を
これから楽しみたいと思います。
今日は開通記念日です。
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by Fujii-Warabi | 2009-03-04 11:37 | 身辺雑記