カテゴリ:芸術鑑賞( 34 )

映画『ダーウィンの悪夢』を観て

昨日、午後1時50分から京都みなみ会館で『ダーウィンの悪夢』を観た。2年ぶりの映画館で感激した。
しかし内容は実に重い。アフリカ、東南アジア、中東、中南米などの「第3世界」は日本、ヨーロッパ、アメリカの奴隷なのだ。すべてが「先進国」のために、特に少数の金持ちのために存在させられている。命までも。「先進国」の奴隷にならない人間はいらない、と私たちの生活態度は語っているようだ。
映画の中のナイルパーチ輸送機のロシア人機長は行きの飛行機で2度武器を輸送し帰りにブドウを積んできたことを友人に話すとこう言われたそうだ。「クリスマスにアフリカの子ども達は武器を贈られ、ヨーロッパの子ども達はブドウを贈られる。」
もちろん武器の方が随分高く、ヨーロッパはますます裕福になり、アフリカはさらに貧困にあえぐことになる。戦争の背後を見なくてはならない。そして、「善良な市民」が「戦争はいけません」と口ではいっても消費主義の生活姿勢が変わらないとなんら解決しない。資本主義が戦争も貧困も引き起こしているのだ。生活の中で、資本主義を否定してゆかなければ、この地球自体もうすぐ滅びてしまうだろう。(このままの消費生活を続ければ2026年には2℃気温が上昇し、地球は修復不能の限界状態になってしまうそうだ。)
「先進国」では、大量消費促進のためまるで地球は無限の資源をたたえているかのようなCMが絶え間なく打たれ、こういう真実は徹底的に覆い隠されている。真実を知る上でこの映画は大変貴重なドキュメンタリーだ。
[PR]
by Fujii-Warabi | 2007-01-21 10:27 | 芸術鑑賞

『ヘルダーリン詩集』

最近読んだ詩集では、『ヘルダーリン詩集』(岩波文庫、川村二郎訳)が良かった。特に「パンと酒」。一行一行が深く、今の私では読みきれない。ヘルダーリンの詩は不思議な力を持つ。愛と光が頭の中にぱーっと広がり、とても心地いい。しかし、現代に溢れる「癒しの詩」ではない。彼の思想と信仰と学問が基本にあり、それゆえ難しい。だが、どこまでも人間性への信頼や共感があり、それが脳のどこかへどっと響いてくる(その感覚は神がやってくる時に似ている)。だから何度も何度も読みたくなる。また、川村二郎氏の訳が格調が高く非常によい。私も少し訳詩をしてみたが、ヨーロッパ言語と日本語は全く違うので、とても難しい仕事だ。ヘルダーリンの素晴らしい詩が読めるのは川村二郎氏のおかげでもある。
ヘルダーリンは自由を希求し、放浪したが、そのあたりもまさに詩人だと思う。私はあいにく虚弱体質なので体はあちこち行けないけれど、その分、心はいつもどこかへ行っている。寝て見る夢もあまりにリアルで、魂が体から抜けているのではないかな、と思ってしまう。「またあそこへ行こうよ」と言いかけて、あそこはどこだったかな?と考えると夢の中で歩いた町だったりする。
ヘルダーリンは一生の付き合いになりそうだ。
[PR]
by Fujii-Warabi | 2006-12-16 23:49 | 芸術鑑賞

『イル・ポスティーノ』

『イル・ポスティーノ』。イタリアが舞台の美しい映像にゆったりと流れる時間。詩的な映画だった。この映画の見所は詩人ネルーダによって、イタリアの片田舎の貧しい青年が触発され、当たり前だと思っていた景色を、この世界を捉えなおし、詩人となってゆくところだろう。詩とはなにかが描かれているように思った。誰もが詩人になれば、世界は必ず変わる。
この映画を観たのは11月23日だった。しかし、パブロ・ネルーダ役のフィリップ・ノワレ氏はその日に76歳で亡くなられた。なんだか因縁めいたものを感じた。彼は、『ニュー・シネマ・パラダイス』の映写技師役で有名なフランスの名優。『イル・ポスティーノ』でもオーラが出ていた。ネルーダといえば、彼の姿が浮かんでくる。こんな名優を亡くすことは非常に悲しい。ご冥福をお祈りいたします。

(私は現在、失語症のようだ。)
[PR]
by Fujii-Warabi | 2006-12-08 16:28 | 芸術鑑賞

最近観た映画

私は映画鑑賞も趣味なのですが、体調がここ数年悪く映画館に足を運べない状態なので、最近はレンタルビデオなどで映画を観ています。
10月ぐらいからモーレツに映画が観たくなり、それからは週に1、2本のペースで観てきました。私の好みは社会派ドラマや芸術映画ですが、これらは最近ツタヤではめっきり少なくなり、どこで良質な映画ビデオが適正価格でレンタルできるのだろう?と困っています。ウエットなフランス映画も好きなのですが、フランス映画というジャンル分けすらなくなって、有名なゴダールの作品さえも庶民の手の届かないものとなりつつあるような気がします。
さて、この一ヶ月で観たもので心に残った作品を挙げますと、『仕立て屋の恋』、『視線のエロス』、『フリーダ』、『めぐりあう時間たち』、『アマデウス』、『イル・ポスティーノ』です。『仕立て屋の恋』と『視線のエロス』は深夜放送を録画したもので、あとはレンタルしました。
『仕立て屋の恋』は以前から気に掛かっていた映画でしたが、こんな怖い映画だとは思いませんでした。仕立て屋は繊細で非常に無口な男性で、それゆえ町では嫌われ者です。そして、嫌われ者であるがゆえに何の証拠もないのに若い女性の殺人容疑者と決めつけられ刑事に付け回され、町では嫌がらせに合うのです。集団ヒステリーが静かに描かれており、それがとても怖かったです。この作品はカメラワークも芸術的で、「純愛」だけのテーマでない所が良いと思いました。
『視線のエロス』、この作品は奈良放送のラビリンスシアターという金曜深夜の番組で放映していました。この映画は、最初から最後まで主役の男性の目線で撮られており、一組のカップルのストーリーだけでできている、珍しい映画でした。フランス映画ならではといえるかもしれません。恋愛にエロスだけを求める妻子持ちの中年男性と不倫はしないという健全な若い女性の付き合い始めとその破局を描いているのですが、ミュリエルというヒロインが理性的なチャーミングな女性で、かなり面白かったです。一般に、男性が妻の元へ帰るとき、不倫相手の若い女性の方は泣き喚いたりしてドロドロの悲劇になるのですが、ミュリエルはこの映画で一度も涙を流さず、恋をそれなりに楽しんで、新たに素敵な恋を成就させ自分から去って行ってしまうという展開がこの映画の見所の一つであったと思います。そして、お金もあり浮気者でうぬぼれ屋の主役男性・フランソワは、女性に去られて生まれて初めて恋愛を知り苦悩するわけですが、その最後のシーンが「恋愛とは?」という答えのような気がしました。 (つづく)
[PR]
by Fujii-Warabi | 2006-11-28 00:06 | 芸術鑑賞