カテゴリ:詩人・芸術家の紹介( 22 )

踊る月(ロルカとモルコ)

月が踊っているのです
死んだ者たちの中庭で

 ああ、空からやってくる風で
あなたはいきなり、白くなるんだよ

いいえ、風ではありません。あの悲しい月なのです

物悲しいギターの
うめき声で泣いているのは誰ですか

黄金の花の夢を見ながら
このまま寝床で死なせておくれ

 恋人よ、月ですね、月ですよ
 あの湖に墜ちてゆく

はりえにしだを頭にかぶり
踊って、踊って
踊っていますね、死んだ者たちの中庭で!

(酔いながら読むロルカの寝床で)

https://youtu.be/m3fcgDGLx64?list=PLXke3mRiD3iro2fiSiDrYAp8AamzWuFXs
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by Fujii-Warabi | 2015-05-01 23:54 | 詩人・芸術家の紹介

ジャン・ジュネ『泥棒日記』より

 扉を押し開くと同時に、扉は、わたしの内部において、群がる濃密な湯気を、押しのける。わたしは中に入ってゆく。わたしはそれから三十分のあいだ、もしわたしが一人ならば、平常の世界の逆である一つの世界の中で活動することになる。心臓が激しく動悸を打つ。わたしの手は決して震えることはない。恐怖は一瞬といえどもわたしから去らない。わたしはその住居の所有者のことを別に思うわけではないが、わたしのもろもろの動作が、彼を知ってゆくにつれて、彼をわたしに描き出すのである。わたしは所有者(プロプリエテ)[大邸宅]を侵害するときに、所有(プロプリエテ)という観念の中に浸るのだ。わたしは不在の所有者を現出させる。彼はわたしの面前にではなく、わたしの周囲に生きている。それはわたしが呼吸し、わたしの中に入り込み、わたしの肺をふくらませる一つの流動体なのだ。

 店の外にいるかぎりは、わたしは自分が盗むだろうということを信てはいない。しかし、一歩中に入るやいなや、わたしは、自分がそこを出るときには必ず宝を―指輪か、手錠を―身につけて出るだろうということを疑いえなくなる。この確信は、わたしの身体を不動にしたままで、頸すじから踵へと伝わってゆく長い戦慄によって表される。それはわたしの両眼で終熄(しゅうそく)し、眼の縁を乾かす。わたしの各細胞は、平静さの実体そのものであるところの一つの波を、一つの波状運動を伝達し合うかのようである。わたしは、踵から頸すじにいたるわたしの一つ一つの細胞の意識となる。わたしはこの波と同行するのだ。
 
                      ジャン・ジュネ/朝吹三吉訳『泥棒日記』(新潮文庫)より


 わたしは泥棒ではないけれど、この感覚はある。特に芸術に触れる時と特別な場へゆく時に。美的イメージや価値観を盗んでいるのだろうか。

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by Fujii-Warabi | 2014-08-30 10:29 | 詩人・芸術家の紹介

マフマルバフ監督の映画より

愛とは奇跡の瞬間だ
もし奇跡の力がつづかないなら、どんな約束を交わしてもつづかない
                                      

                         
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by Fujii-Warabi | 2012-11-28 03:07 | 詩人・芸術家の紹介

パスの詩

  夜明け 
          オクタビオ・パス

冷たくてすばやい手が
闇の包帯を
ひとつずつほどく
ぼくは眼をひらく
        それでも
ぼくは生きている
        まだ生々しい傷の
中心で


※真辺博章訳『オクタビオ・パス詩集』(土曜美術社出版販売、1997年)より


MADRUGADA
                 Octavio Paz

Rápidas manos frías
retiran una a una
las vendas de la sombra
Abro los ojos
todavía
estoy vivo
en el centro
de una herida todavía fresca


DAWN

Cold rapid hands
draw back one by one
the bandages of dark
I open my eyes
still
I am living
at the center
of a wounded still fresh


※Carcanet Press"OCTAVIO PAZ Collected Poems:1957-1987" edited and translated by Eliot Weinberger


[memo]
傷は他者の目には治ったように見え、すばやく包帯が解かれる。
でも、心の傷は容易に治るものではない。
本人のみが痛みを知っている。

タイトルは「夜明け」。
闇の包帯が解かれて、剥き出しの傷のまま生きてゆかねばならない。
その覚悟ができているから、このタイトルなのだろうか。
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by Fujii-Warabi | 2011-08-14 19:43 | 詩人・芸術家の紹介

オクタビオ・パス マイスーナ'Maithuna'

   マイスーナ 
                      オクタビオ・パス
                         わらび語訳朗読バージョン

ぼくの眼はきみが裸でいるのを見つけ
   そして熱い
まなざしの雨で
     きみを覆う


〝響き〟という鳥かごが
           夜に
きみの尻よりも
        白く
まぶしい朝に
      開いている

       きみがベッドから跳び降りるとき
きみの笑い声は
       葉のようにさんざめき
きみの月光のスリップは
          ゆれる

舞い散る光
    螺旋の歌声は
純白を巻き取る
          割れ目に
突っ込まれた
     X型の十字

        *

ぼくの昼が
  きみの夜のなかで
破裂する
    きみの叫びが
木っ端微塵に飛び散る
           夜は
きみの身体をひろげ
        微塵になった身体を洗ってゆく
   そしてきみの身体をふたたび結び合わせる

        *

不動の時間
      どうしようもない乾きが
光り輝く車輪を回す
          ナイフの庭
虚偽(いつわり)の宴
これらの反射光の中を抜けて
きみは無傷のまま
 ぼくの両腕の川に入ってくる

        *

興奮より速く
きみは闇の中を泳ぐ
        きみの影は
愛撫のあいだにはっきり浮かび出て
          きみの身体はもっと黒くなる
cómo cuando porque sí
[どのように いつ なぜなら ええ] といったありそうにない
ソリ競争へと きみは跳び込む
 きみの笑い声はきみの服を燃やし
               きみの笑い声は
ぼくの額ぼくの眼ぼくの理性を
濡らしてゆく
きみの身体はきみの影を焼く
きみは不安の空中ブランコの上で
幼い頃の恐怖を揺らす
         見開きはらはらした きみの瞳は
崖の上で 愛し合ったまま
             ぼくを見る
きみの身体はよりくっきり
           きみの影はもっと黒くなり
笑い声はきみの灰の上に降る

        *

産毛の生えた太陽 ブルゴーニュの言葉
  眠らない砂丘できみの領地を舐める舌
髪の毛  鞭の舌  言葉たち
        きみの背で放たれ
        きみの胸で絡み合う
駆り立てられて
きみのことを書いた文字たちは
   燃えさしの状態で
きみを否定する
       きみを裸にする衣服
きみに謎を着せる文章
ぼくを埋(うず)める文章
           髪の毛
きみの腹の上にさっと広がる 深い夜
熱いワインの入ったデカンターは
       律法の石板の上に こぼれている
咆える裸体と沈黙の雲
      月の冷え切った足の裏で
踏みつけられた
蛇の群
    葡萄の房
きみの身体に
ぼくの身体にきみの身体に
風の指と 葉のような両手の雨
   長い髪の毛
       骨たちの木(こ)の葉
太陽から夜を飲み込んだ 空の木
肉の木            死の木

        *

 昨夜(ゆうべ)
    きみのベッドで
 ぼくらは三人だった
   きみと ぼくと 月

        *

ぼくは
   きみの夜の唇を開く
湿った穴
   腹にこもる木霊(こだま)── 

       純白
解き放たれた
      水の奔流(ほんりゅう)

        *

きみの中で眠ること留まること
          きみの真ん中で
両眼を開けて起きていることはもっといい
               黒 白 黒

  きみの記憶
     (きみの記憶のなかのぼくにまつわる記憶
を燃え立たせる
       不眠の太陽になること

        *

また樹液が雲にむかって
立ち昇る
     炎と呼ばれる サルビアの新芽が
はじける
    (燃える雪が降ってくる)
            ぼくの舌は
そこにある
      (きみの薔薇は舞う雪のなかで燃えている)
   もう 済んだのだ
        (ぼくはきみの陰門を閉ざす)
                        夜明けが
そそり立っている


※真辺博章訳『続オクタビオ・パス詩集』(土曜美術社出版販売)をベースに、
原文(スペイン語)、英訳を参照しました。

*********************
 
   Maithuna
                  Octavio Paz

Mis ojos te descubren
Desnuda
Y te cubren
Con una lluvia calida
De miradas

Una jaula de sonidos
Abierta
En plena manana
Mas blanca
Que tus nalgas
En plena noche
Tu risa
O mas bien tu follaje
Tu camisa de luna
Al saltar de la cama
Luz cernida
La espiral cantante
Devana la blancura

Fijeza plantada en un abra

Mi dia
En tu noche
Revienta
Tu grito
Salta en pedazos
La noche
Esparce
Tu cuerpo
Resaca
Tus cuerpos
Se anudan
Otra vez tu cuerpo

Hora vertical
La sequia
Mueve sus ruedas espejeantes
Jardin de navajas
Festin de falacias
Por esas reverberaciones
Entras
Ilesa
En el rio de mis manos

Mas rapida que la fiebre
Nadas en lo oscuro
Tu sombra es mas clara
Entre las caricias
Tu cuerpo es mas negro
Saltas
A la orilla de lo improbable
Toboganes de como cuando porque si
Tu risa incendia tu ropa
Tu risa
Moja mi frente mis ojos mis razones
Tu cuerpo incendia tu sombra
Te meces en el trapecio del miedo
Los terrores de tu infancia
Me miran
Desde tus ojos de precipicio
Abiertos
En el acto de amor
Sobre el precipicio
Tu cuerpo es mas claro
Tu sombra es mas negra
Tu ries sobre tus cenizas

Lengua borgona de sol flagelado
Lengua que lame tu pais de dunas insomnes

Cabellera
Lengua de latigos
Lenguajes
Sobre tu espalda desatados
Entrelazados
Sobre tus senos
Escritura que te escribe
Con letras aguijones
Te niega
Con signos tizones
Vestidura que te desviste
Escritura que te viste de adivinanzas
Escritura en la que me entierro
Cabellera
Gran noche subita sobre tu cuerpo
Jarra de vino caliente
Derramado
Sobre las tablas de la ley
Nudo de aullidos y nube de silencios
Racimo de culebras
Racimo de uvas
Pisoteadas
Por las heladas plantas de la luna
Lluvia de manos de hojas de dedos de viento
Sobre tu cuerpo
Sobre mi cuerpo sobre tu cuerpo
Cabellera
Follaje del arbol de huesos
El arbol de raices aereas que beben noche en el sol
El arbol carnal El arbol mortal

Anoche
En tu cama
Eramos tres:
Tu yo la luna

Abro
Los labios de tu noche
Humedas oquedades
Ecos
Desnacimientos:
Blancor
Subito de agua
Desencadenada

Dormir dormir en ti
O mejor despertar
Abrir los ojos
En tu centro
Negro blanco negro
Blanco
Ser sol insomne
Que tu memoria quema
(Y
La memoria de mi en tu memoria

Y nueva nubemente sube
Savia
(Salvia te llamo
Llama)
El tallo
Estalla
(Llueve
Nieve ardiente)
Mi lengua esta
Alla
(En la nieve se quema
Tu rosa)
Esta
Ya
(Sello tu sexo)
El alba
Salva



    Maithuna
                   

My eyes discover you
naked
and cover you
with a warm rain
of glances.

A cage of sounds
open
to the morning
whiter
than your thighs
at night
your laughter
and even more your foliage
your blouse of the moon
as you leap from bed

Sifted light
the singing spiral
reals-in whiteness
Chiasm

planted in a chasm.

My day
exploded
in your night
Your cry
leaps in pieces
Night
spreads
your body
washing under
your bodies
knot
Your body once again.

Vertical hour
drought
spins its flashing wheels
Garden of knives
feast of deceit
Through these reverberations
you enter
unscathed
the river of my hands.

Quicker than fever
you swim in the darkness
your shadow clearer
between caresses
your body blacker
You leap
to the bank of the improbable
toboggans of how when because yes
Your laughter burns your clothes
your laughter
wets my forehead my eyes my reasons
Your body burns your shadow
You swing on the trapeze of fear
the terrors of your childhood
watch me
from your cliffhanging eyes
wide-open
making love
at the cliff
Your body clearer
Your shadow blacker
You laugh over your ashes

Burgandy tongue of the flayed sun
tongue that licks your land of sleepless dunes
hair unpinned
tongue of whips
spoken tongues
unfastened on your back
enlaced
on your breasts
writing that writes you
with spurred letters
disowns you
with branded signs
dress that undresses you
writing that dresses you in riddles
writing in which I am buried
Hair unpinned
the great night swift over your body
jar of hot wine
spilled
on the tablest of the law
howling nude and the silent cloud
cluster of snakes
cluster of grapes
trampled
by the cold soles of the moon
rain of hands leaves fingers wind
on your body
on my body on your body
Hair unpinned
foliage of the tree of bones
the tree of aerial roots that drink night from the sun
The tree of flesh The tree of death.

Last night
in your bed
we were three:
the moon you & me.

I open
the lips of your night
damp hollows
unborn
echoes:

whiteness
a rush
of unchained water

To sleep to sleep in you
or even better to wake
to open my eyes
at your center
black white black
white
To be the unsleeping sun
your memory ignites
(and
the memory of me in your memory

And again the sap skywise
rises
(salvia your name
is flame)
Sapling
crackling
(rain
of blazing snow)
My tongue
is there
(Your rose
burns through the snow)
is
now
(I seal your sex)
dawn
from danger drawn

Translated by Eliot Weinberger

Octavio Paz (1914-1998)
メキシコの詩人、批評家。1990年、ノーベル文学賞受賞。

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[memo]
もし世界に完璧な詩があるとすれば、この作品だと思う。
韻律、思想、象徴・イメージすべてが揃っている。
'maithuna'とはサンスクリット語で「性の交わり」という意味だが(そのものズバリ)、人間の歴史的な生や交わりについて感じさせられる。
また、彼の詩は「西洋的」でもない。まず生身の人間が真ん中にある。
たとえば、「熱いワインの入ったデカンターは/律法の石板の上に こぼれている」
という箇所はそれをよく語っていると思う。
キリストの血でもあるワインだが、それを情熱のイメージをすり替え、
十戒を記す石板の文字が見えないようにこぼしてしまうのだ。
「汝、○○するなかれ」という戒律など情熱に飲まれてしまったらいいのだろう。
「月」も効果的に使用されている。
太陽は明・正義・暴くものなら、月は陰・魔術・隠すもの。
「昨夜/きみのベッドで/ぼくらは三人だった/きみと ぼくと 月」
-恋人と二人きりでいても、実は様々な作用を受けている。
太陽はすべてを暴くようにじりじり照らしつけるが、
月は恋人たちのそばにそっとある。人は閉鎖された関係のなかに生きているのではない。
たえず、三人といった開かれたなかに在るはずなのだ。
でも、第三者が「月」であるのがパスらしく、脱西洋的でエロティックである。
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by Fujii-Warabi | 2011-04-05 11:42 | 詩人・芸術家の紹介

オクタビオ・パス詩集

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 待ちに待った『オクタビオ・パス詩集』スペイン語・英語版、イギリスより来る!!
古本なのですが、状態がよく、しかも綺麗な表紙で、感激!
ミロの絵のような?イメージが近いだけかな?と裏を見てみると、ステファン・ロウという方の”ミロの寓話”という作品だそうで…
この音楽的な絵がオクタビオ・パスにはぴったりだと思いました。

 パスの詩は西洋と東洋すべての歴史がここに流れこんだような深みがあり、それでいて読みやすく聴きやすい素晴らしい作品なのです。





 4/2(土)夜、JR奈良徒歩5分のスタジオ・ワルハラで
ポエアク2というイベントがあり、私も詩の朗読予定です。
なので、パスを訳さなければならないのです。
(詳しい内容は当日の楽しみということで。)
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by Fujii-Warabi | 2011-03-05 16:48 | 詩人・芸術家の紹介

視よ、蒼ざめた馬あり、これに乗る者の名を死といい……

 七月二十日。
 わたしは目をとじて横になっている。あけ放たれた窓から通りのざわめきが聞こえ、石の町がおもくるしくあえいでいる。エルナが爆弾をつくっているのを、わたしは夢うつつで感じている。
 ほら、彼女がドアに鍵をかけ、錠がにぶい音をたてる。彼女はゆっくりとテーブルにちかづき、ゆっくりと火をつける。鉄板のうえには灰白色の粉末――雷酸水銀がある。ほそく青い焰、蛇の舌が鉄をなめまわす。爆発性の粉末が乾いていく。紛粒がぱちぱちとはじけては、ときおり弱く光る。ガラスのうえを鉛のおもしが転がる。このおもしが鉛の管をうち砕く、すると爆発はおこるのだ。
 すでに同志のひとりがこの作業中に死んだ。部屋には彼の屍体、屍体の断片、つまり飛び散った脳漿や、血まみれの胸腔や、ひきさかれた手足がのこされ、このすべてが荷馬車で警察署に運ばれた。エルナもおなじ危険にさらされている。
 そう、もしじっさいに爆死したら? 亜麻色の髪とおどろいたような空色の目ではなくて、赤い肉片が転がっているとしたら?・・・・・・そう、そのときは、ワーニャが爆弾をつくるだろう。彼も化学者である。彼ならこの仕事をやりおうせるだろう。
 目をあける。真夏の日ざしがカーテンをとおしてはいり、床に照りはえている。わたしはふたたびまどろみ、それからまた、おなじ考え。ゲンリッヒはどうして爆弾を投げなかったのか? どうしてだ?……ゲンリッヒは臆病者ではない。しかし、過ちは恐怖よりわるい。それとも、これは偶然なのか? どうにもならぬ偶然なのか?
 いずれにせよ、どうでもいいことだ。すべて……どうでもいいことだ。ゲンリッヒのテロ参加がわたしの責任なら責任でいい。総督の命びろいがゲンリッヒのせいならせいでいい。エルナが爆死し、ワーニャがフョードルが処刑されるならされるでいい。どのみち総督は殺されるだろう。わたしがそう望んでいるからだ。

                               ロープシン『蒼ざめた馬』(川崎浹訳、岩波現代文庫)より



memo

 ロープシン(1879-1925)はロシアのテロリスト作家である。社会革命党(エス・エル)でテロ指揮者として活動し、モスクワ総督やセルゲイ大公らを暗殺している。
 ロシア革命後も同様の活動をつづけた。それは、「ボリシェヴィキが憲法制定会議を無視して一挙に独裁権力を目ざしたため」だ。レーニン・スターリンの宿敵となった詩人はこうして滅んでゆく。

 『蒼ざめた馬』はそんな戦闘のなかにいた人物が書いたとは思えないほど、繊細で抒情的な作品だ。いや、しかし、冷徹なまなざしがある。人を殺しながらも、いつも命に向き合い、「愛のための殺人」という矛盾をそのままに抱えていたのだろう。

 「過ちは恐怖より悪い」。それは、「過ち」は行為の未遂であり、「恐怖」は感情の後退であるから。私たちの生活では、だいたい逆だと思う。「恐怖」を克服すれば、次は「過ち」を糧にできる。でも、テロリストに「次」はないのだ。大きな権力を敵とする彼らは、その一瞬一瞬に成功しなければ、根こそぎ刈りとられてしまう。
 刹那の限界を生きる、それは詩でもある。


 岩波現代文庫には翻訳者・川崎浹さんのロープシン論も収録されており、これが大変興味深い。また、この方の訳はしずかで、素晴らしいと思う。


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by Fujii-Warabi | 2010-07-28 15:36 | 詩人・芸術家の紹介

「谷内薫作品展Ⅱ鏡花水月」を観て

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波のような、貝殻のような、椰子の葉のような、
艶めかしい生き物のような、残された跡形のような、
硬質なのにしなやか、あるようなないような、
谷内薫の作品たち。


遠くから潮騒がきこえて
その余韻のうちに、書いてみました。

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 「谷内薫作品展Ⅱ鏡花水月」
4/27(火)~5/9(日) 10:00~19:30
京都文化博物館別館 アートン アートギャラリーにて
http://www.arton-kyoto.com/events.php
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by Fujii-Warabi | 2010-05-05 14:38 | 詩人・芸術家の紹介

痛みについて


    戦  跡           井之川巨


サイパンとは何だ
玉砕とは何だ

心は逡巡したまま
ジェット機はイズリー飛行場へ舞い降りる
ロイヤル・タガホテルは
米軍上陸記念跡地に建造されたホテル
いまはアメリカ極東戦略軍将兵と
そのファミリーたちの
ウィークエンドの保養基地だ
彼らのしなやかな肉体が
ホテルの中庭に美しくスイングすると
白い水柱をあげ
爆撃弾のようにプールに突き刺さる
ホテル前の青い珊瑚礁の海を
順風にのせ
上陸用舟艇のようにヨットが編隊をくむ
水上スキーはエメラルドの海面を
鋭いナイフのように切り裂いて過ぎる
チャラン・カノアの環礁をゆくと
三十四年まえの戦車が
半身を海に沈め
静かに銃身を陸に向けている
友は
戦車のふきんに魚が多いと笑って
銛を片手に
足鰭をひらめかす

サイパンとは何だ
玉砕とは何だ

バンザイ・クリフの先端にたつと
南国の空はカーンと青く晴れあがっている
しかし
白くしぶく波は寡黙
 と吹く蕭々と吹く風はなにも語ろうとしない
一九四四年七月九日
死んでも米軍の辱めはうけないと
日本人植民者の女子供たちは
バンザイ! バンザイ! と叫び
花びらのようにこの岬に身をおどらせた
その数は千を超えたという
観光バスの年老いたガイドは
まだ遺骨の半分も収容されていませんと
上手な日本語で解説する
観光客のさらしものにされた
戦車 高射砲 機関砲 魚雷のたぐい
砲身を海に向けた高射砲の台座に
 呉海軍工廠
 大正五年
 五吋五砲
の文字が墓誌銘のように刻まれている
砲塔をのぞくと
サイパンの青空が
ぽっかりと円く切りとられて見える


-----------------
先日、パフォーマンス・アートを観る機会があった。
初めてのことで、衝撃的だった。
大橋範子さんというパフォーマーが腕を切って血を流すパフォーマンスをされていたのだが、「他者の痛みを知る」ということを最近の私はあまり出来ていなかったと反省。
私自身は二週間前に転倒してから腰が痛くて、この日は歩くのも痛いぐらい、さらにこの時期は毎年めまい・倦怠感で体調を崩す。
でも、ちょうど「痛み」について考えるべき時だと思い、一昨日辺見庸が語るドキュメンタリーを観た。そして、その中の言葉に非常に胸を打たれた。(以下、引用)

「痛みとはたとえ同一の集団で同時にこうむったにせよ、絶望的なほどに『私的』であり、すぐれて個性的なものだ。つまり痛みは他者との共有がほとんど不可能である。しかもそれでもなお、私の痛さが遠い他者の痛さにめげずに近づこうとするとき、おそらく想像の射程だけが異なった痛みに架橋していくただひとつのよすがなのである。
私たちの日常の襞(ひだ)に埋もれたたくさんの死と、姿はるけし他者の痛みを、私の痛みをきっかけにして想像するのをやめないのは徒労のようでいて少しも徒労ではありえない。むしろそれが痛みというものの他にはない優れた特性であるべきである。」
(辺見庸『たんば色の覚書 私たちの日常』より)

とても誠実な言葉である。私は虚弱であり、痛みに対して過敏な体質で、痛みを想わせるものを少し見るだけで痛くなる。だから、痛みは「個性的なもの」で「他者との共有がほとんど不可能」という言葉に救われる。痛みを酷く感じていてもいいのだ。それは弱いからとかではなく、「個性」なのである。
そして、不可能ではあるが、自分の「痛みをきっかけにして想像をやめない」ことこそが大事であり、他者の痛みを知るには気の遠くなるような困難な作業が伴うことが「優れた特性」だということに、何か自分の生の営みを肯定されるような気さえする。
厳しく優しいこれらの言葉に涙が出た。

本棚を見て、石原吉郎と井之川巨の詩集を手に取った。
どちらも戦争をテーマにしているのだが、前者はソ連の捕虜となり強制労働を強いられ極限を生き抜いたサバイバー、後者は1933年生まれの反戦詩人である。

「戦跡」は少し前の作品だが、状況は別に変わっていない。沖縄を見ていても、今も戦争は終わっていないのだといつも思う。美しい海、自然、大らかな温かい人々……と宣伝されているけれど、彼らの痛みはマスコミには載らない。自分も含めて、人は都合のいいものしか見ようとしない。
そして、それが実は自分も苦しめているということに目を閉ざしてしまうのだ。絶望すら慣れっこになっていく感性の鈍磨は、私も愛する人もこれから出会うはずの人も出会えないかもしれないけれど繋がりあっている見えない人たちも内側から壊してゆく。〈象徴の貧困〉が覆い尽くす今の時代では、これはすべての人々の病なのである。

健康な美しい腕にカッターナイフで傷を入れてゆくパフォーマンスを見せられてから、私はこんなことを考えていたのだった。
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by Fujii-Warabi | 2010-02-26 01:36 | 詩人・芸術家の紹介

短歌同人誌『町』を読んで

先週の「ならまち大人の文化祭」で吉岡太朗氏の参加する短歌同人誌『町』創刊号を入手したのですが、これがかなり良くてここで少しご紹介させていただこうと思います。

まず、巻頭を飾る瀬戸夏子さんの詩のような短歌「すべてが可能なわたしの家で」。
 すべてが可能なわたしたちの家で これが標準のサイズ
 二重の裏切り、他になにもない朝の音楽に
 もう何リットルかわからないけれど、生きてるかぎりは優しくするから
 あなたが日本人だとしてもわたしたちにはまるで関係がないって

二連目
 わたしたちが住んでいる 家ではこれが標準のサイズ

とてもインパクトの強い始まりである。
タイトルは「わたしの」となっているところが、歌では「わたしたちの」「わたしたちが」となっており、共同体を指している。「これが標準」と決められ、私たちは教育によって叩き込まれてきたのだが、瀬戸氏の〈狂気〉とも名付けられそうなほどの豊饒なイメージによって、それらが覆されてゆく様が心地よく感じられる。

 
 どうしてこんなに 美しい日本のわたしたちの
 必要最低限なエロほんに関わるために電車がいくたびも憂鬱に、通り抜け
 子どものころからずっと一緒、おしりがいくつも隣に並んで
 青森に厚かましいりんごが生きていて友人が生きている注意を払わない


「あなた」のアイデンティティは「日本人」かもしれないけれど、「わたしたち」はどうやらそこからズレたところ、あるいはこぼれたところにいるようで、それもはっきりとはしない。現在の「共同体」の曖昧さを描いているようだ。しかし、もともと共同体というのは境界があったり目に見えるものではない。「わたしたち」というのは書き手と読み手、つまり文学によって繋がった者たちであろうか。一方的に括られ線引き・排除される「美しい日本」「日本人」から逸脱して、ここに「共同体」を創造したいという願いを込めているのであろうか。
本来人は「すべてが可能」なはずである。しかし、二極分化したこの時代私たちは、世界を牛耳る〈多数者〉に「標準」「常識」を押しつけられ、「不可能」を言い渡されている。しかも、「あなたの努力次第だ」という自己責任を負わされて、「落伍者」は〈少数者〉とされて。だが、文学者・芸術家はそれを超えることができる。だから、この作品はシュルレアリスティック(超現実的)なのだろう。
一連二行目の「二重の裏切り」という言葉がとても気になった。一つ目の裏切りは、「現実」への裏切りだろう。二つ目は、おそらく読み手の読解への裏切りなのではないか。「こうである」と解釈した途端、ポエジーというのはするりと逃げてしまう。線引きするような意味を求られ、形へとはめられることをきらうからだ。

この他にとても素敵なヴィジョンやフレーズがたくさんあり、ご紹介したいのですが、書きすぎると野暮ですし、疲れてきたので、実際に誌面を見て感じていただきたいと思います。

そして、吉岡太朗氏の「魚くじ」。

 ロケットを猫がしきりに舐めるので少し削って出汁にしてみた
 霧雨の夜の電話にでてみたら受話器が耳に触手をのばす
 町中の電信柱がぐにゃぐにゃとお辞儀をするのでえらいひとです
 取り皿を両手に持った行列のさわれる耳たぶいやな耳たぶ
 そのたびに泥がこぼれる 図書館の本の着ぐるみ剥いだら魚
 かろうじて鯉だとわかる きらきらと鱗のかわりに画鋲まみれの


冷ややかな固形物と生々しい有機物のコントラストが見事で、それが触感に訴える爆発的な力を放っているように思う。
「魚」は西洋の象徴では「生命力」を表すが、「魚くじ」には、穏やかな春の海を照らす陽光に魚の鱗が輝くような、生の力(エロス)が漂っている。かなりシュールなのに、現実味を帯びて生き生きと胸に広がる身体性が彼の作品の優れたところであろう。

その他には平岡直子氏の「Re:/Fe:」が良かった。宮沢賢治・他の同人への返歌なのだろうが(「本歌取りの複数」と書かれているが)、多声的で「ともにある文学」としての心地よさがあった。そして、実験的・創造的な試みにわくわくしながら読ませていただいた。もちろん、イメージが目の裏に浮かぶように鮮やかで作品自体が素晴らしかったのは言うまでもないことである。

『町』を手にしたとき、まずシンプルな雑誌名、緑一色の表紙に惹かれた。なにか素直なものを感じたからだ。
内容はシンプルではなく、作品はそれぞれ個性があり、様々な声を響かせあうような共同性がある。時代や空間の広がりがあり、世界へと開くような、呼び掛けがある。落ち着いた雰囲気なのだが、その内に秘めたエネルギーはこの時代のシニシズムを超えてゆくようなものを感じた。「すべてが可能」だということをしっかり胸に刻もうと思う。


なにやらエラそうなことを書きましたが、私は短歌はあまり読み慣れていないので、感想程度とお考えいただければと思います。
『町』の詳細は http://000machi000.blog42.fc2.com/
こちらから購入することもできます。一部500円です。
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吉岡太朗氏の直筆。私の一番好きな歌を表紙裏に書いていただきました→
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by Fujii-Warabi | 2009-06-13 11:34 | 詩人・芸術家の紹介