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火薬                      井之川巨


目を開ければ蒲団はずり落ち
冷たい月の光が
後向きに寝た女房の顔を
タイルのように白く照らす

蒲団の裂け目に手をかけ
ずりあげようとすると どうしたことか
蒲団の裂け目にはみだしているのは
綿ではない
コッペパンほどの火薬袋なのだ

マッチ一本すっただけで
ボイラーより熱くもなろうが
おれと女房の体は一瞬どこかへふっとび
どんな外科医も縫合のきかぬ
百の肉片になっただろう

おれはこうもりよりも敏捷に月の光の下をとび
昼間工事した警視庁におりたつ
そして秘密書類の脇にすえつけた
暖房用のラジェーターの下に
おれはコッペパンほどの火薬袋をしかける

おれは隣の警視庁長官室のラジェーターの下に
火薬袋をしかける
また隣のバスルームのラジェーターの下に
火薬袋をしかける
おれのしかけた火薬のために
一大音響とともに

かれらはみんな素っ裸で骨のずいまで温まり
やがて冷たくなっていくだろう
そしておれは密かに
凶悪犯人のようなほくそ笑みをもらすのだ


※『新・日本現代詩文庫17 井之川巨詩集』(土曜美術社出版販売、2003年)、詩集『おれが人間であることの記憶』「生活者のうた」(1956~74)より


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相棒の買ったばかりの詩集を取り上げて開くとこの詩が出てきた。
「おれ」は寒さのせいで目が覚める。貧乏のせいなのか「女房」との仲も冷えている。でも、唯一「おれ」の心を温めてくれるのは、「火薬」をしかける真夜中の夢なのだろう。そして、これこそが詩なのである。
by Fujii-Warabi | 2008-08-12 16:04 | 詩人・芸術家の紹介
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