オクラの話

古代には変わった名前がふつうにあった
子どもの私はそれが面白かった
入鹿に妹子に憶良
入鹿は関西弁ではあのイルカと同じ発音
妹子は実は芋子だったり?
しかし憶良は特別だった
山上憶良は「貧窮問答歌」で農民の暮らしを訴えた
彼らの貧しさをおもい、彼らと共にありたいものだと
自分の名前をオクラとしたのかと納得した
何を隠そう、私の名も変わっている
「わらび餅」といじめられ親を恨んだこともあった
同じ植物の名前、しかも庶民の食べ物
私は憶良に親近感を覚え、オクラに想いを馳せた
サッと茹で、かつお節を掛け、醤油を垂らす
そのシンプルさは庶民そのもの
古代からこのネバネバが農民の命を支えてきたのか
とオクラを食べる時いつも胸が熱くなった
オクラは「憶良」といい漢字だし
憶良は素晴らしいペンネームを付けたものだ

という感動も五年余りしか保たなかった
私はある日、アメリカの大柄な黒人女性が料理する姿をテレビで見た
なんと!あのオクラを大鍋に大量に放り込み無造作に掻き混ぜスープにしている!
そしてナレーションはそれをアフリカの伝統料理だと言うのだ!
オクラはワラビと同じく日本古来の植物、和食の基本ではなかったのか?
では、憶良はオクラではないのか?!
裏切りだと感じた
幻滅などというものではない
テレビに「あなたの頭は不必要」と爆破された気がした

何年ものちに私は『人間失格』を思い出した
田舎者の「私」が街で初めて見る停車場のブリッジにとても感動する
しかし最高の装飾品がただの陸橋で実用品でしかなかったことを後に知る
甘美な遊戯などなく味気ない近代化
「私」は自分の幸福観に不安を抱く

だけど、
こっちの失格者は今や頑固者になり、頭もより良く改良し、世界中に広がる青々としたオクラ畑を夢想している
どちらにせよ、オクラは貧民の命を支えているのだから



※紫陽の会『紫陽』11号(2007年1月20日)

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by Fujii-Warabi | 2007-02-23 15:11 | 藤井わらびの詩
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