ディスレクシアについて

こちらは盆地ですので、朝晩の冷え込みはなかなか厳しいのですが、
桜も咲き、どこからともなく沈丁花の香りもして、
春らしくなってきましたね。

早いもので、『紫陽』18号の締切まであと一週間ほど。
私はここ数年『紫陽』のために詩を書いている感じです。
もっと様々な分野の勉強をして考えて創作をしたいのですが、
文字を操るのがなかなか大変です。

そう、最近気づいたこと。
どうして文字が読みにくいときがあったり、読み間違いをよくする、
文章を音読するのが苦手なのだろう、
音を聞いても理解しにくいときがあるのだろう、
と悩んでいる中、「ディスレクシア」という障害を新聞記事で知った。
(これも今まで間違えて読んでいて、「ディクレシア」だと記憶していた。
少々読み違えていてもネット検索には引っかかってくれるから有り難い。)
これは読み書き、聞き取りなどの「失読症」のことで、
学習障害の一種、脳の働きが多数者とは違うことで起こるらしい。
遺伝的な要素もあるとのこと。
私の場合は軽いけれど、色々と思い当たることがある。
まず文字がぎっしりのものはしんどい。
文字がところどころ入れ替わったり、かすんで見えにくく、
文字が飛んだりすることがある。
行間が狭いと、隣の文字などがたくさん目に飛び込んできて読めない。
特にカタカナと数字が苦手。
「ディクレシア」と「ディスクレシア」の読み分けは難しい。
一字一字がはっきりと見えないので。
アルファベットも読み分けがなかなか難しい。
でも、単語が一つずつ分かれているので、一語を写真か図柄のようにして暗記している。
大学時代、英文学科で詩などを選んだのも、
実は文章がすらすら読めないから、詩なら短くてじっくり見つめられていいだろう
という不純な(?)理由が最初にあった。

ディスクレシアには、文字すべてがかすんで見えない人、
反転した文字として目に映る人もいるとのこと。
そんなわけで、私も(?)反転した文字(鏡文字というやつ)を書いてみた。
カタカナ・数字はこちらのほうが読みやすく書きやすく、しっくりくる。
漢字は鏡文字の方が書きやすいものもあるし、
そうでないものもある。
ひらがなは難しいもののほうが多い。
ただ、鏡文字を読んだり書いたりして気持ち悪くなる、ということはないし、
「通常」の文字も鏡文字も私には同じような感じで、違和感もない。
楽しく書ける。読める。

何が書きやすく、何が書きにくいかを調べてみれば、
何が読みやすく、何が読みにくいのかがわかるような気がした。
どうやら一定の法則があるようだ。
ひらがなでは「も」や「と」や「を」が書きにくい。
逆に、カタカナはどれも書きやすい。
英語では「through」「though」「thought」の見分けが困難だ。
なぜなのか?
おそらく、丸みに目が引きつけられてしまい、そこを強く記憶する癖があるからだと
思う。
例えば、「も」なら下の丸み、「を」ならまん中と下の丸み。
「through」「though」「thought」なら「o」と「g」の円に引き寄せられ、
「r」「t」は見えにくくなる。
カタカナは直線が多いので、どれも見えにくく、区別がつきにくい。

でも、悪いことばかりではないようで、
ウィキペディアには
「一方でディスレクシア障害者は一般人に比べて映像・立体の認識能力に優れていると言われ、工学や芸術の分野で優れた才能を発揮している者も多い。これは左脳の機能障害を補う形で右脳が活性化しているためと考えられており、最近は若年者の治療において障害の克服と共にこうした能力を伸長させる試みも行われている。」
と書かれている。
確かに私は、音の聞き取り・記憶力も悪いということもあって、
映像・絵画・立体作品が好きだ。
イメージする力も強い。
結局、「障害」などと名付けるのは社会の側であって、
こういうのも個性としてみんなで楽しめればいいと思う。
人間の脳は複雑である分、差異が大きく、それは豊かさであるはずだ。
私も鏡文字から裏側の世界を楽しむとしよう。
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by Fujii-Warabi | 2009-04-02 13:29 | 身辺雑記
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