死のフーガ
パウル・ツェラン(1920~70) 飯吉光夫訳 夜明けの黒いミルクぼくらはそれを晩にのむ ぼくらはそれを昼にのむ朝にのむぼくらはそれを夜にのむ ぼくらはのむそしてのむ ぼくらは宙に墓をほるそこなら寝るのにせまくない ひとりの男が家にすむその男は蛇どもとたわむれるその男は書く その男は書く暗くなるとドイツにあててきみの金色の髪マルガレーテ かれはそう書くそして家のまえに出るすると星がきらめいているかれは 口笛を吹き犬どもをよびよせる かれは口笛を吹きユダヤ人たちをそとへとよびだす地面に墓をほらせる かれはぼくらに命じる奏でろさあダンスの曲だ 夜明けの黒いミルクぼくらはそれを夜にのむ ぼくらはおまえを朝にのむ昼にのむぼくらはおまえを晩にのむ ぼくらはのむそしてのむ ひとりの男が家にすむそして蛇どもとたわむれるその男は書く その男は書く暗くなるとドイツにあててきみの金色の髪マルガレーテ きみの灰色の髪ズラミートぼくらは宙に墓をほるそこなら寝るのにせまく ない かれは叫ぶもっとふかく地面をほれこっちのやつらそっちのやつら歌え 奏でろ かれはベルトの金具に手をのばすふりまわすかれの眼は青い もっとふかくシャベルをいれろこっちのやつらそっちのやつら奏でろどん どんダンスの曲だ 夜明けの黒いミルクぼくらはおまえを夜にのむ ぼくらはおまえを昼にのむ朝にのむぼくらはおまえを晩にのむ ぼくらはのむそしてのむ ひとりの男がすむきみの金色の髪マルガレーテ きみの灰色の髪ズラミートかれは蛇どもとたわむれる かれは叫ぶもっと甘美に死を奏でろ死はドイツから来た名手 かれは叫ぶもっと暗くヴァイオリンをならせそうすればおまえらは煙となって宙へたちのぼ る そうすればおまえらは雲のなかに墓をもてるそこなら寝るのにせまくない 夜明けの黒いミルクぼくらはおまえを夜にのむ ぼくらはおまえを昼にのむ死はドイツから来た名手 ぼくらはおまえを晩にのむぼくらはのむそしてのむ 死はドイツから来た名手かれの目は青い かれは鉛の弾できみを撃つかれはねらいたがわずきみを撃つ ひとりの男が家にすむきみの金色の髪マルガレーテ かれは犬どもをぼくらにけしかけるかれはぼくらに宙の墓を贈る かれは蛇どもとたわむれるそして夢想にふける死はドイツから来た名手 きみの金色の髪マルガレーテ きみの灰色の髪ズラミート ※『パウル・ツェラン詩集』(思潮社、1992年)より *-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*- 「夜明けの黒いミルク」とは何ものなのか。 インパクトが強く、数日間憑かれたように考えてみた。しかしはっきりした答えは出ない。 そこで、「夜明けの黒いミルク」と中心に考えたことを取りあえず書いてみようと思う。 1)この詩が収録されている詩集『罌粟と記憶』は1952年の秋に出版されている。 ツェランは一生ナチスの強制収容所の詩を書き続けた。この詩もその一つである。 ワイマール共和制の後にナチスが台頭してくるわけだが、共和制により「ミルク」の象徴する、約束の地を手にするような豊かさがもたらされ、朝が来るはずだったのに、その前の「夜明け」にナチスによる「ユダヤ民族」絶滅(死)という「黒い」飲み物を飲まされることになった、ということか。 2)「ミルク」は生を表す白、死を表す「黒」を組み合わせたのはなぜか。 第一次世界大戦で敗れたドイツは酷い経済的不況に陥ったが、そのなかでナチスは「金色の髪」「青い目」の「ドイツ国民」に豊かさ(=「ミルク」)を約束した。だから「国民」には「夜明け」であった。「夜明けの」(白い)「ミルク」を飲むのは「国民」であり、その対比として、「黒いミルク」があり、物質的豊かさの陰にはいつも排除される者がいる、ということか。 3)「晩にのむ」「昼にのむ朝にのむ」「夜にのむ」、そして「ぼくらはのむそしてのむ」と続くが、強制収容所では死へと向かわせるものをひっきりなしに飲まされるということか。「のまされる」のではなく、「のむ」であるのは、「死を招くのはお前たちの自発的行為だ」とされているからだろうか。 「ぼくらは宙に墓をほるそこなら寝るのにせまくない」――どこまでも排除され、「生」の世界からも追われていくのは今も変わりない。しかも、「自己責任」とされている。 他にもっとそれらしいいい説があると思いますので、 もし閃かれた方、ツェランをもっとよくご存じでご意見のある方、 どうぞコメントよろしくお願いします。
by Fujii-Warabi
| 2008-11-05 23:06
| 詩人・芸術家の紹介
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